2014年03月21日
善通寺の涅槃桜(ねはんざくら)


今、香川県では、毎年、ソメイヨシノよりも早く咲く、善通寺境内にある、涅槃桜(ねはんざくら)、が、ほぼ満開になっています。
この、善通寺のお寺の境内にある、涅槃桜(ねはんざくら)は、空海(弘法大師)生誕の場所、と、伝わっていますので、食べたり飲んだりの宴会は行われず、神聖な桜として、もっぱら観賞用になっています。
そういったこともあってか、お花見の宴会をするには、まだ、寒い頃に満開になりますので、うどん県民に対する、お大師さんのご加護の一つだと認識されています。
ソメイヨシノが満開になる少し前の、まだ、寒い春先に咲く花は、梅、水仙、といった、清楚で神聖なものが多いですね。
このあたりも、四季のある日本の風土が、私は、日本文化において、一番大切なことだと思っています。
年中常夏の海外でバカンスを過ごすことのバカバカしさに私が気づいたのは、高校2年の時に、シアトル・USAに短期留学した時でした。
以降、私は、海外旅行には、一切、行っていません。旅行は、日本国内の温泉地などに決めているのですよ。
これには、3歳の時から続けていた、ピアノ演奏に対する、欧米人の絶賛の反応が気に入らないことも重なっています。
もちろん、実力主義のアメリカでは、ストレートにフェアーに評価されるので、その点は素晴らしいのです。
が、「fantastic」とか、「beautiful」という形容詞で絶賛されるよりも、日本のように、「・・・・がよかったよ」「何より楽しそうに演奏している姿に感動しました」、という風に、因果関係に基づく絶賛の方が、日本人の私は嬉しいのです。
英語では、アクセントやイントネーションで、絶賛の度合いを表現するのですから、因果関係を示すほどの、心づくし、が不足していることが、私は物足りないのです。
もちろん六親眷属の前で演奏したら絶賛されることは最初から決まっていますから、そんなことはしなくていいのです。見知らぬ人ばかりの集まった日本国内での演奏が、ですから、私は、一番好きなのです。
さて、日本に四季があることは、「日本料理」に決定的に影響していますが、「おもてなし」においても、四季は絶対に不可欠なのです。
手紙においても、季節ごとの挨拶、相手への気遣いなど、全て、四季があるから、成立しているのですからね。
今のような3月ならば、「早春の候」と書くのが普通ですが、まだまだ寒い日もありますので、最後に、「天候の変わりやすい花どきの季節です。お風邪など召されませんよう、お体ご自愛下さいませ。」と入れればよいだけのことです。
住友信託銀行在勤当時、クライアントへの手紙を書くことが習慣でしたので、私は、自然にそう書いてしまいます。
が、たとえ習慣化していても、常に、相手を思いやる気持ちを大切にしてきましたが、このようなことは、読み手を思いやれば、簡単なことなのです。
まあ、昨今では、「ビジネス文書」という表現が普通ですが、「ビジネス」=「金儲け」、ですから、金儲けのために、このような季節の挨拶を書く人は、人間力は絶対に向上しないのです。
同様、「プロ」=「商売人」、という意味づけも全く間違っています。このような浅墓な考えをしているから、佐村河内守がただの詐欺師であることすら、見抜けないほど、おつむが悪くなってしまったのですね(笑)。
そのような、おつむの悪い皆様の集合体が、NHKであることが、最大の問題なのです。
NHKの職員の皆様は、北朝鮮を誹謗中傷したり、差別用語の細々とした点をクレーム回避のために指摘したり、カメラ目線を研究する暇があったら、日本語をきちんと勉強しなさいね(笑)。
マスコミが伝えているものは、「情報」ですよ。「情報」の『情』は、なさけ、だという程度の日本語の常識くらいはお持ちなのでしょうね。
掲載写真は、善通寺の涅槃桜(ねはんざくら)、です。

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Posted by 岡田克彦 at 08:36│Comments(0)
│阿呆の多い世代抹殺