2013年08月28日
宮武修君との再会

今日の早朝、午前2時のことでした。
自宅の呼び鈴が鳴ったので、私は、作曲していた手を止めて出ました。
すると、驚いたことに、8月16日の早朝、近所のミニストップで再会した、宮武君が立っているのでびっくりしました。
こんな真夜中の友人の来訪はないものなのですが、たぶん仕事の関係だろうと思いましたので、私は気にせずに、出ました。
すると、彼、こんな真夜中にお邪魔するのは申し訳ないけど、と謝りながら、一緒にファミレスでお話したい、とのことでしたので、近所のジョイフルに行きました。
彼の往訪の目的は、ご案内した、8月24日のカフェくさかのコンサートにいらっしゃれなかったことのお詫びで、お菓子を持っていらっしゃったのでした。
「そんな気にすることないよ。わざわざ、花園町から自転車でいらして下さって有難う。」とぼくは言ったのでしたが、何となく、ぼくに話したいことがある様子だったので、いろいろお話をしましたら、何と、
「岡田さん。俺、もう、48歳だけど、ピアノ始めたいので教えて欲しいのです。お願いします。」とのことだったので、またまたびっくりしてしまいました。
「いいよ。だったらさあ、この前、久しぶりに再会した時にいえばよかったじゃない。」
「そんな、いきなり、言えないっすよ。」
ただ、こういうことを、いきなり、自分の意志で明確に言う人は、絶対に、マイペースの人だ、と思ったので、私は、とても気に入ってしまいました。
ただし、生粋の高松人ならば、ここまでマイペースを貫けないだろうと思ったので、私は、早速質問しました。
「ぼくは、そういう風に、自分の既得権も何もかも捨てて、教えて欲しい人に教えてください、って言う正直な人は大好きだから、OKだよ。でも、そういうこと、はっきり言う人は、生粋のうどん県民じゃないと思うけど、君は、広島のご出身、っておっしゃっていたけど、ずっと高松で仕事してるわけじゃないでしょう。」
「はい。俺、大阪でずっと働いていたんです。高松はまだ日が浅いです。」とのことでしたので、納得できました。しかし、この思い切りの良さに、私は、スポーツマンシップを感じたので、聞きました。
「あのう、ぼくの直感なんだけど、君、スポーツやってるんじゃない。それも、かなり長くやってるように思うけど。」
「はい。俺、趣味でレスリング、ずっとやってます。でも、どうしてそんなこと、わかるのですか。」
「あのさあ、ぼくは、3歳の時からピアノやってるし、東京にいた頃に作曲と合わせて、室内楽演奏もいろいろやって来たんだよ。だから、君は、音楽畑の人じゃない、って直感したんだよ。音楽畑だけの人は、前置きが長いからね(笑)。これは、これまでのぼくの交友経験でわかるよ。君は、ピアノの演奏とは全く別の感覚で生きてきた人だよ。」
「だめっすか。48歳だと出来ませんか。」
「そんなこと全くないよ。ずっと続けるには、レスリングの方が、ピアノ演奏よりもはるかに根性が必要だから大丈夫だよ。48歳が遅いなんてことはないからやってみよう。曲は選んでやればいいし、それは、ぼくがアドバイスできるし、適当な曲がなければ、ぼくが作曲するからOK。ピアノ曲なんてすぐに書けるから。」
「そんなことまでしてもらうなんて、申し訳ないです。」
「申し訳ないなんて思わなくていいよ。ぼくは、ぼくの好きな曲を好きな時に書いているだけだから。その程度のこと、昔のクラシックアーティストはみんな出来たんだよ。ショパンもドビュッシーもラフマニノフもね。今、音楽大学の中が、演奏と作曲が専門別に細分化されているから、両方出来るピアノ教師がいないだけのことだからね。」
・・・・・・・
といった次第で、近日中に、今度は昼間にぼくの家へ来てやることになりました。
また、楽しみが増えました。
彼は、大酒豪で、日本酒が大好きだとのことでしたので、まあ、仲良くなってしまいました。
こういう、これまで生きてきた趣味が全く違う人との出会いは、最高に愉快ですね。でも、こういう出会い方が出来るのも、全て音楽のお陰なのですね。
本当に、作曲とピアノをずっとやって来てよかったなあ、って、改めて感じました。

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2013年08月25日
「カフェくさか」コンサート、無事に終わりました。


昨日の「カフェくさか」での、山本君とのパラフレーズのデュオ、無事に終わりました。
スコアなしでのデュオが出来、ほっとしています。JR高松駅で待ち合わせて、レインボー循環バスで行ったのですが、伏石町では、阿波踊りを踊っている連の皆様がいらっしゃったので、びっくりしました。
まあ、讃岐うどん店は徳島県や高知県にだいぶ進出していますから、徳島県の阿波踊り、高知県のヨサコイを香川県で踊って披露する皆様がいらっしゃることは、昔からの四国のしきたりなのでよいのですよ(笑)。
ところで、今日の出演者から、来月の第三水曜日に開催される予定の、高松市丸亀町の「葡萄塾」フリーライブに誘われましたので、何か「ヒコ&ヒロ」でやろうと思っています。
フリーライブということは、いらしているお客様の好みに合う音楽を提供しないといけませんので、クラシックピアノがいいのなら、それを提供すればよいだけなので、「ヒコ&ヒロ」でゆけば、何でもOKなので楽しみですね。
当日の予定が合えばOKですが、電気ピアノなので、グランドピアノほど緊張しないでいいのでOKですね。
もちろん、高松市内のライブカフェでは、2Fまで吹き抜けの「カフェくさか」の音響〔残響2秒〕以上のところはないですから、電気ピアノでちょうどよいのです。
昨日のライブ終了後、私の行きつけの居酒屋、ライオン通りの、『だいこく』にご案内し、美味しい瀬戸内の魚の刺身定食をいただいて、自宅に帰りました。
暑さは一段落だったのですが、雨が降ったりやんだりで、湿度が高かったのですが、久しぶりに、五番町通りをブラブラと歩いて帰りました。
コンビニが四国に上陸したセブンイレブンに変わっているところが結構ありましたので、頑張っているな、と感じましたが、これは、夜だったために気づいたのです。
午前中ならば、うどん店ばかりですので、コンビ二は、高松では霞んでしまうのです。
困ったことですが、高松はうどん県の県庁所在地ですから仕方ないですね(笑)。それに、美味しくて安いですからね(笑)。
それにしても、島根県では大雨で被害が出ているのに、香川県は水不足で困りますね。どうして雨が降らないのでしょう。
このままだと、第四次取水制限になって、水道の水圧が下がるだけでなく、断水の時間も加わりますので、私は慣れていますが、困りますね。
コラボ相方の山本君の話では、ゲイの私とコラボをすることは恥ずかしいことだ、と、非音楽的な評論をする男が東京にいるそうで、困ったことだと思っています。
そんな若者は、香川県にはいませんが、東京は、犯罪者予備軍も多く住んでいますし、緑も少なく、うどんも不味く、環境が悪いのでしょうね。
ともあれ、2ちゃんねる創設者の西村博之が、麻薬特例法違反(あおり、唆し)幇助(ほうじょ)の疑いで、検察庁に書類送検されたそうで、めでたいことです。
まあ、2ちゃんねるは、バスジャック事件などを引き起こした、犯罪の巣窟ですから、叩けば、ほこりが、わんさか出てくると思いますから、なるようになればよいのです。四国人の私にとっては海外のことですから、どうでもいいのです。
21世紀になっても、ゲイを差別する阿呆が、東京には生息しているようなので、新幹線は、絶対に四国に来ないでもらいたいものですね。
チャイコフスキー、プーランクなどは、全員、ゲイでしたが、素晴らしい作曲作品を残していますので、ゲイを差別する物体は、チャイコフスキーの「白鳥の湖」やプーランクの「フルートソナタ」以上の傑作は作曲できるのでしょうね。
是非是非、頑張って、チャイコフスキーの「白鳥の湖」やプーランクの「フルートソナタ」以上の傑作を作曲してから、ものを言いましょうね(笑)。
チャイコフスキーの「白鳥の湖」やプーランクの「フルートソナタ」は、ゲイの作曲作品だから、気持ち悪い、という人は、先進国の音楽家や聴衆には一人もいませんよ。
もちろん、作曲や演奏をまっとうに出来なくても、人を妬んだり蹴落としたり陰口を叩くことは出来ますから、そのようになさればいいですけど、本当に、無駄な時間を過ごされていることには、死ぬまで気づかないことでしょうね。ご愁傷様です。
掲載写真は、昨日の、「カフェくさか」コンサートでの、「ヒコ & ヒロ」の演奏風景です。

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2013年08月23日
「ヒコ & ヒロ」のスタート


ステディーにデュオをやることにした、相方のボーカルの27歳の山本寛大君と、作曲家兼ピアニストの私・岡田克彦、は、それぞれのニックネームをとって、「ヒコ & ヒロ」というグループ名にして、56歳の私が死ぬまで活動することになりましたので、皆様にご報告いたします。
二人のホームグラウンドは、毎月第三土曜日の19:00から21:30くらいまで開催される、〒761-0301 香川県高松市林町2547番6 TEL 087-813-6084 E-MAIL;cafe@kusaka.asia の、「カフェくさか」〔地図URL;http://www.kusaka.asia/cafe/map.html〕 で、未来永劫続けることにしました。
また、これにともない、今年中に、山本君作詞、私・作曲の新曲を発表し、高松市でデビューすることに決めましたので、絶対に成功させるべく、準備に入りました。
さて、最初に言っておかなくてはならないことは、二人の性癖です。というのも、私が100%ゲイ〔男性の好きな男性〕なのですが、山本君は100%ノンケ〔女性の好きな男性〕だからなのです。
この世にわんさか生息している昔の常識に縛られた凡庸な皆々様から、しょっちゅう質問される「お二人はどういう関係なのですか。」という質問に対しては、一括「彼と僕は、妖しい関係です。」と答えることにしていますが、純粋な、音楽でつながった関係なのです。
つまり、アンドレ・ジイドの言う、『純粋結婚』の状況にありますので、ジイドの言う『純粋結婚』の意味を知らない人はお調べ下されば幸いです(笑)。
『純粋結婚』には、日本国憲法は全く無関係ですので、配偶者控除なども全くありません。が、ぼくたちは、芸術的な審美眼をお互い大切にしていますので、そのような法律には惑わされません。
また、下界の皆様が頼りにする、学閥や学歴とも、全く無縁につながっています。だって、考えても御覧なさい。絶対音感などの聴覚の掌る感覚的な中枢機能は、5歳までに右脳で確立されるのですから、学歴などの左脳中枢とは無関係に、お互い尊敬しあっているのです。
こういった次第で、彼と私は、フレージング(演奏の際の息遣い)、アゴーギク〔曲全体のテンポ感覚〕と、テンポ・ルバート〔曲の中でフレージング、和声進行(コード進行)、構成(形式)に伴って、テンポを変幻自在に揺らすこと〕が、全く一致しているという、1000人に1人くらいの得がたいデュオ相手であるということを、お互いに聴覚で感知し合っているので、言語情報などは、全く、意味がないのですよ。
本番での演奏中、楽譜を見ることは、視覚に負担が行きますので、聴覚に集中するには、楽譜は、ポップスのコード表も含めて、いい演奏の邪魔になるのです。
ゴメンナサイ。二人とも才能があって(爆)。
また、演奏本番後の、お食事は、とても大切なのです。
味覚と聴覚の関係は、ヨーロッパでクラシック音楽が確立された当時の、タフェルムジーク〔食卓の音楽・弦楽四重奏などの生演奏を聴きながらお食事を楽しまれたこと〕を貴族が愛用していた当時から、音楽芸術の常識です。
しかしですね、香川県(うどん県)には、1200年前に弘法大師が讃岐うどんを始めた頃からの長い歴史があるのですが、山本君は、弘法大師の出生地の香川県善通寺市生まれで、私は、幼少期に祖父が経営していた、高松市内の老舗旅館の一つの「丸天旅館」の三代目なのです。
ですから、お互い味覚には自信があるのですが、これも、ピッタリ一致しているのです。こんなことは、めったにないのですよ。
さらに、山本君は母子家庭で育ちましたし、私の父の岡田寛(おかだひろし)は、二代目のボンボンで、女遊びがひどくて、今、お金目当ての8人目の愛人と再婚してもらってその介護を受けているのです。
が、本妻の私の母親(岡田直子)は、丸天旅館の若女将として働きづめだったので、そのことが影響して、76歳で肝硬変の末期症状で、晩年の母が可愛そうで見ていられなかったので、早稲田大学政経学部卒業後、東京で自分の力で就職して働いていた「住友信託銀行」を、課長代理当時、年収1200万円だった全てを投げ出して、1994年に辞めて高松にUターンして、母と静かに二人で過ごしていました。
当時の岡山県知事の石井さんの招聘で、2000年に、「岡山後楽園築庭300年祭」の最終日のイベントに、江守徹さんなどの朗読とのコラボ出演にも、早稲田大学政経学部の同じ研究室の友人が日経新聞岡山支局長だったので、彼の協力もしてもらって、母も聴きに来てくれるようセットしました。最後の親孝行になると思ったので、母の大好きな、シューマンのトロイメライと、ショパンのOP.48-1のノクターン、ベートーヴェンのソナタ月光を、含めて、演奏しました。
母は、その後、2006年に、肝硬変の末期症状から、脳幹部脳内出血で、逝去しました。
香川県立中病院の脳外科集中治療室併設の入院病棟に、それまで自宅で死にたい、と言っていた母は、私の中学高校の同窓生の「番町大林病院」院長を主治医にして見てもらっていましたが、ついに、救急車で、番町大林病院経由で、大林君の卒業した岡山大学医学部の先輩が脳外科部長をしている、香川県立中央病院に運ばれましたが、一ヶ月で亡くなりました。
母の好きな竹の模様の入った入院中の浴衣を買って着せていましたし、私の作曲作品のファンやUターン後やっていた経営コンサルタント関係の仕事で出会った、香川、徳島、高知のクライアントの人事部長が、お見舞いに来てくれたので、母の病室には、お花が絶えませんでした。
香川県立中央病院は自宅近所でしたから、私は毎日行き、母の浴衣を着替えさせたりおむつ交換を看護婦さんがやっているのをチェックしていましたが、母は意識不明になっていましたから、ついていた私は発狂しそうになったりしました。
こうして、母が危篤だと連絡いただく前日、私は、新しいオムツを買って持って行きました。
もう、母はしゃべれませんでしたが、全力で私の耳元で言いました。
「克彦、オムツ有難う。」
これが、母の発した最後の言葉になりました。
翌日〔2006年9月19日〕の昼前に、母は、息をひき取りました。
一ヶ月の間、「お母様は明日死ぬかもしれない。」と、脳外科部長に言われていましたので、告別式の準備は、高松高校の同窓生が、公益社の顧問社会保険労務士をしていた関係で、お願いしていましたし、本仏壇は、母の実家の東京都世田谷区の奥沢に金仏壇を移していましたが、私にとっては、小さくてもいいから、母の仏壇を自宅に置きたかったので、小学校の同窓生の、岩佐仏喜堂社長の、岩佐武彦君にお願いしていました。
そして、公益社での告別式、密葬にし、新聞での連絡もしませんでしたが、口コミで、私の作曲作品のファンやUターン後やっていた経営コンサルタント関係の仕事で出会った、香川、徳島、高知のクライアントの人事部長が、いらして下さいました。もちめん、母の親族も、東京、大阪、山口、からいらしていました。
母は、私が住友信託銀行に就職した1979年の翌年の1980年に、義務を果たしたと思って、父と協議離婚しましたが、慰謝料はゼロでしたので、私と、東京の叔母(母の妹)はずっと母に東京から仕送りをしていました。
ですから、父には、父方についた弟が知らせましたが、父が告別式に来ないことはわかりきっていました。
が、弔電も来なかったので、この、岡田寛は、人間ではない。人の足を引っ張ることしか出来ない、絶対音感も何も無い、楽器一つ演奏できない音楽評論家を生業にしている、下等動物だ、と、私は確信しました。
また、父が、RNCラジオ放送局で、アルゼンチンタンゴの長寿番組をやっていた関係で、平井卓也衆議院議員の秘書がいらしていましたが、「寛(かん)先生〔父のニックネーム〕、弔電も送らなかったの。」と呆れていました。
後日、3歳で始めた私のピアノの最初の恩師の、石井ルリ子先生はそれを聴いて激怒して電話を下さり、「あの、岡田寛は、確実に地獄に落ちるで。」とおっしゃっていましたが、下等動物がどうなろうと、私は、どうでもいいと思っています。
が、相続は別ですよ。祖父の残した遺産を母の命より大切だと思っていた物体と、そのお金目あてで、後妻に入った拝金主義者には、それなりの償いをさせるつもりです。高松は口コミの成り立つ狭い町です。早稲田大学時代の親友の東京の弁護士にお願いする予定で準備は整っています。
私事はさておき、味覚、その中でも、うどんの好みの山本君との一致は、素晴らしいことでしたね。
彼と私の讃岐うどんのコシの好み、については、高松市茜町の「はまかいどう」、高松市兵庫町の「こんぴらや」で、全く一致しました。また、肉うどんについては、高松市南新町の「綿谷製麺高松支店」、高松市天神前の「めん処七福」、で一致しました。そして、さらに、冷たいイリコダシについては、高松市南新町の「うどんや」で一致しました。
それから魚貝類については、高松市百間町の「篠乃路」の懐石、高松市木太町の「小松」の定食、高松市北浜の「高松東漁協」のランチで一致しましたし、激安定食店では、高松市中新町の「ちょい飲み まんぷく亭」で一致しましたので、あとは、酢の物とごはんについては、高松市寿町の「農林中金高松支店」社員食堂、で一致することは間違いありません。
8月24日の、「カフェくさか」サロンコンサート後、魚貝類の安くて美味しい高松市内の定食店については、夜10時頃の来店になるので、地産地消でない、ガストのような下劣なお店以外にないということが普通なのでしょうが、グルメの私にはありえないことなのです。
すなわち、ライオン通り商店街の、居酒屋「だいこく」は、以前はうどん店でしたが、オーナー社長がいずれ24時間営業の居酒屋にしたい、とおっしゃっていたのですが、その頃から懇意にしていますので、電話して確認したところ、瀬戸内の魚貝類をメインにした定食を、真夜中でも、全て、1050円、でやっている、アルコールなしでもOKとのことで、座席もキープしてくれる、とのことでしたので、そちらにご案内するつもりです。
もちろん、食後のうどんを食べたいなら、アサリうどんの美味しい「ごえもん」北古馬場店、カレーうどんの美味しい「ごえもん」南古馬場店、「鶴丸」、ざるうどんの美味しい「川福」本店、も、歩いてすぐのところですから、OKです。
とてもとても楽しみですし、そうやって一緒にいる時に、曲想は、ふと浮かぶものですから、いいですね。
最後に、飲食店で一番大切な「眺め」についてご案内いたします。
喫茶店でも、雰囲気のいいお店はいいですけど、これは、全ての飲食店に言えることです。
私は住友信託銀行東京本部で勤務していた当時、六本木や麻布の、雰囲気のいいフランス料理店を愛用していましたが、雰囲気や眺めを、全て、金額に換算してしまうのが、スタンフォード発のマネタリズム〔拝金主義〕のいけないところなのです。
雰囲気は、経営者の心意気で決まるのです。値段の安い、高松の讃岐うどん店でも、雰囲気のいいお店は、店長の心意気で決まります。
そのあたりで、高松市内で一番雰囲気のいい讃岐うどん店について、山本君と私はぴったり一致してしまいました。
それは、高松市天神前の「めん処七福」です。
ただし、ノンケの山本君は、店長がとても威勢と感じがいい、ということで、高松市天神前の「めん処七福」を評価していたのですが、ゲイの私は、店長の眺めがいい(つまり、キムタクのようなブサイクな男ではなく、ガテン系の素敵な男だということ)、ということで、高松市天神前の「めん処七福」を評価していたのです。
先日このことを、山本君と電話で話したら、大爆笑になってしまいました。
そこのゲイやバイのあなた、是非、、高松市天神前の「めん処七福」の眺めがいいかどうか、ご確認下さいませ(笑)。
掲載写真は、とても眺めのいい、 高松市天神前の「めん処七福」の入口です。

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2013年08月21日
久しぶりの、「やま家(やまや)」の細うどん


昨日の8月20日の昼過ぎ、番町で打ち合わせがあったので、遅いブランチを、本当に半年振りくらいかな、久しぶりに、番町3丁目の、細うどんの名店セルフ店の「やま家」で、うどんをいただきました。
この店は、「黒田屋」で修行した、私と同年齢(56歳)のマスターが奥様と二人で開店させた、近所の気のおけない、喫煙OKの、素晴らしいうどん店です。かけうどんが150円ですので、高松では適正価格のお店ですね。
もう、何十回も食べに行っているので、すっかり顔なじみなので、何を食べるかは、マスターに、「今日、おすすめは何ですか。」と質問して、マスターに決めてもらいます(笑)。
この店は、蕎麦の旬の時期だけ、蕎麦を出していますので、その時期には蕎麦をいだくことにしています。
しかし、私が昨日入店したのは午後2時前でしたので、トッピングは、生卵とお揚げしか残っていませんでしたので、私は、月見うどん(200円)に、お揚げ(70円)をトッピングしていただきました。
暑かったので、冷かけうどんをお願いしたのですが、冷たいかけだしも、オーダーがいっぱい入って売り切れていたので、「ひやあつ」にしてもらいました。
いつものことなのですが、私の顔を見ると、タバコ友達のマスターは、うどんを新たに茹で始めてくれるので、絶対に美味しい細うどんをいつもいただけるので、待たされる、とてもとてもハッピーなお店になっています。
こうして、素晴らしい細うどんの「ひやあつ」月見うどんに、奥様の素晴らしい味付けのお揚げを載せて、いただいたあと、ゆっくり、食後のタバコをいいただいていたら、2時半に、明らかに、県外客の若い女性3人連れが入店され、「冷かけうどん」をオーダーしていましたが、売り切れていましたので、「ぶっかけうどん」を注文して、私の座っていたカウンター席の隣に座りましたので、早速、私は話しかけました。
「遠方からいらしたのですか。」
「はい。岡山から参りました。」
「岡山だったら、岡山駅の中に、『めりけんや』の支店があるでしょう。わざわざ、海外までお越しくださって有難うございます。」
と言うと、爆笑していましたが、
「いやいや、うどんは、うどん県が美味しいですから。」
とのことでした。そこで、私は、
「でしたら、あなたたちは、ラッキーですよ。高松市内では、この店と、国分寺町の『一福(いっぷく)』が、細いうどん店では、双璧ですから。『めりけんや』の太麺とは全然違ううどんを楽しめますよ。」と言って、マスターに、
「大将、この女性3人組、岡山からわざわざ食べに来たんやとぉ。茹でたての、コシのええうどん出さんと、お大師さんのバチがあたりまっせ。」と言うと、
「今、茹でてますから、少しお待ち下さい。」と、その女性3人に言っていました。
またまた、岡山からの皆様、爆笑でした。が、「やま家」の、細麺が絶対に美味しいことがわかっていますから、これでいいのです。
セルフうどん店は、狭い店に限りますね。マスターと会話しながら食事できるのですから(笑)。
掲載写真は、「やま家」の『ひやあつ・月見うどん、お揚げ載せ』です。
すごく美味しかったです。ごちそうさま。

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Posted by 岡田克彦 at
13:49
│Comments(0)
2013年08月19日
さか枝の朝うどん


今朝は、朝早く目覚めました。
外に出ると、湿度は高いものの、気温はそれほどではなかったので、「よしよし、今日は、さか枝で朝うどんを食べよう。」と思って、自宅から自転車で5分のところにある、高松市番町の「さか枝・本店」へ、6時前に食べに行きました。
「さか枝・本店」は、開店が朝の6時なのですが、地元のお客さんが来店するので、5時半には開いていることを、高松市民はみんな知っているので、既に、満席でした。
他県では、『モーニング』は、喫茶店でいただくもののようですが、うどん県では、『モーニング』は、私が子供だった、昭和30代頃から、セルフサービス讃岐うどん店でいただくものでした。
寒い冬の朝は、暖かいかけうどんをいただきますが、今のような暑い時期には、冷たいかけうどん、もありますので、ホットコーヒーにするか、アイスコーヒーにするか、と迷うことはないのです、香川県では(笑)。
冷たいかけうどんが美味しいのは、伊吹島のイリコだしのお陰で、熱くても冷たくてもダシが素晴らしいからなのです。
ただし、「さか枝」は、冷たいかけうどんを置いていませんが、私の自宅近所の、朝うどんを提供している、「こだわり麺や・高松支店」「さぬき麺市場・本店」は、温かいかけうどんと冷たいかけうどんが両方ありますし、高松市内はうどん店だらけなので、どこに住んでいても、朝うどんはOKなのですね(笑)。しかも、安いのです。
「さか枝」などは、かけうどん1玉170円、2玉200円、トッピングの天麩羅はすべて一律80円ですので、280円で、素晴らしくあっさりとしたダシでこしのしっかりした天麩羅うどんがいただけて、お腹一杯になるのです。
今朝、私は、かけうどん2玉に、アジの天麩羅をトッピングしていただきました。
無料トッピングは、天かす、ネギ、ショウガ、ゴマ、をいただきました。
ここのイリコダシは、タンクに入っていて、蛇口をひねると出てくるスタイルになっていますので、食べる途中でダシが足りなくなったら、注ぎ足すことが出来るのでいいですね。それくらい、イリコのダシは、優しく美味しいのです。
県外からいらした皆様はびっくりするのですけど、高松市内のうどん店の大半には、新聞は各紙が全部そろっていて、朝うどんをいただきながら、新聞を読んだり、テレビのニュースを見ることが、高松では習慣になっています。
高松市内に喫茶店が少ないのは、朝うどんをていただくという、昔からの習慣のためなのでしょうね。だって、喫茶店がどんなに頑張っても、280円でモーニングを出すことは不可能でしょうから。
どうしても、ご飯を食べたい人のために、おにぎりや稲荷寿司も置いていますが、高松市内の讃岐うどん店のおにぎりは出来立てで、50円ですから、ローソンの半額なのです。
最近四国にやってきたセブンイレブンのおにぎりは美味しく、塩加減にはとても凝っているのだそうですが、たぶん、うどん県では、おにぎりの塩加減より、うどんの喉ごしの方が重視されるのでしょうね(笑)。
それにしても、高速道路の高松道で、夜中〔今日の早朝〕に交通事故があったので、呆れました。
首都高速に比べると、あんなに走りやすい四国の高速道路で追突事故が起こるとは、何事でしょう。
お盆の帰省客などの混雑も一段落していましたし、真夜中ですから、信じられないのですが、たぶん、運転していた、うどん県民がうどんを食べすぎて、プロテインとビタミンが不足していたため、脳細胞が劣化していたからではないかと推察してしまいました。
注意しろ、と言っても、栄養の偏りのために脳細胞が劣化していたら、どーしょうもないですからね。
ガソリン代も値上がりしていることですから、交通事故が減らないのならば、高松市役所は、讃岐うどん店へ食べに行くときには、自動車を運転して行くことを禁止して、バス、歩き、か、自転車にするような条例を作った方がいいかもしれませんね(笑)。
掲載写真は、今朝、「さか枝」でいただいた、「かけうどん、アジ天載せ」です。

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タグ :讃岐うどん
2013年08月16日
真夜中の再会


毎日毎日、酷暑が続いているので、サイクリングは深夜に限る今日この頃ですね。
今日の早朝3時くらいに、私は、弦楽四重奏曲の作曲の合間に、疲労回復のために、チョコレートが食べたくなったことと、食事の箸休めに買っていた、『いかなごのクギ煮』には大根おろしをかけていただきたいと思ったのですが、大根が切れていたので、近所のミニストップまで、自転車で買いに行きました。
すると、何ということでしょう。レジで待っているところで、見知らない48歳の男性に、「作曲家の岡田さんですね。」と、話しかけられたのです。
お聞きすると、香川県庁の依頼で出演した、2007年10月14日(日)AM.10:00~、の、栗林公園庭園コンサートで、母の追悼の作品・ピアノ組曲「記憶の底の栗林公園」OP.111〔全18曲〕を初演した時〔掲載写真〕に、聴きにいらしていた、高松市花園町と、広島市の両方に在住している、宮武修さんという方でした。
栗林公園での初演当日、感動された彼は、演奏後、私の自作自演を聴きにきていた幼馴染や仕事の関係の仲間のみなさんと、栗林公園内のお茶室の、「日暮亭」でお抹茶をいただいた席についてきたそうで、私のことをよく覚えていました。
まあ、県立公園の栗林公園で、栗林公園をテーマにした新作を自作自演で初演したのですから、インパクトが強く、興味を持ったのだろうと思いますが、きっかけはどうでもいいのです。そのあと、自分の感じた感想に忠実に行動出来る人が、正しい聴衆なのです。
その時、「日暮亭」で、何か、彼からのいろんな質問に私が答えたのだそうですが、私は演奏後、どのうどん屋に食べに行こうかなんてことしか頭になかったですし、その一年前に他界した母が希望していた、西本願寺への分骨はすんでいたのですがので、大好きだった瀬戸内海への散骨については、これからどうしようか、と考えていたこと、聴きにいらしていた、まんのう町のログハウス「ママハウス」のオーナーの息子(四国電力勤務)の依頼で、2007年12月23日(日)に、クリスマスコンサートを岡山から呼ぶ予定の、パンフルート奏者とのコラボで出演して欲しいので、アレンジなどの依頼もいただいていたので、宮武君のことは、全く覚えていなかったのです。
が、彼にとっては、一大事だったようで、あれから、6年経過した今でも、私のことを覚えていて下さったので、びっくりし、とてもうれしく思い、覚えていなかった自分を深く反省し、改めて名刺交換をしました。
直近のコンサートを聞かれたので、2013年8月24日の、カフェくさかでのライブをご案内したところ、彼は、バイクに乗るのが趣味だそうで、その仲間と一緒にバイクに乗って聴きにいらっしゃる、とのことでした。
そんなこんなで、また、新しい一期一会が出来ましたが、数日以内に、私の自宅に聴きにいらっしゃるとの事でしたので、楽しみにがまた増えました。
とても愉快な深夜の再会でしたね。
彼は、今、奥様と2歳のお嬢様との三人暮らしだそうで、幸せに過ごしているとのこと、とても、よいことだな、と思いました。
まあ、余命いくばくもないことですから、一切の物欲を捨てて、リルケのように生きる、今のスタイルでよいのですね。
音楽によって、聴きにいらした相手の心の琴線に直接触れることが出来ることは、素晴らしいことだということを、再確認できた、ハッピーな深夜の再会でした。
こういう時の出会いで一番大切なことは、自分に正直に、自分の感じた感想を発露することなのですが、拝金主義者は物欲にまみれているため、その出会いが、将来、自分の金銭欲を満たすかどうかだけで判断するので、いけないのでしょうね。
物欲にまみれた人が増えている中、こういう人もいらっしゃるということは、とても嬉しいことだと思いました。

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2013年08月15日
モスクワ陸上「男子800メートル」


「えっ。君の血液型A型なの。うそだろ。BかOだと思ってたよ。」
「よくそう言われるんですよ。でも、やりたい曲について、ぼくは絶対に妥協しないから、A型的じゃないんです。」
「よかったあ。ぼく、これまでの人生でいろんな人達と室内楽合奏やコラボやって来たけど、相手はほとんど全員がB型だったんだ。ぼくは、AB型だけどね。」
「アハハ・・・、岡田さんも、やっぱりA型じゃないのですね。でなかったら、ぼくとコラボしても続かないよなあ。」
「山本君、ぼくは、AB型だけど、母もAB型、弟、祖母、母の兄弟、全員、B型なんだよ。だから、たった一人A型だった祖父は、胃潰瘍で死んじゃったんだもの(笑)。」
前回、私の自宅で、コラボ相方の、ボーカルの山本君とコラボした後、話していた時のことでした。
もちろん、血液型なんかで全て判断することは間違いですよ。ただ、ソリストのピアニスト、作曲家に、B型、O型、AB型が多いことは事実なのです。
ところで、モスクワ陸上が連日放送されています。
私はスポーツは苦手なのですが、チームプレイよりも、結果の責任が全て個人にかかってくる、陸上競技や格闘技が、私のライフワークのピアノ演奏や作曲と近いので、個人的には観戦するのは、陸上競技や格闘技の方が、野球やサッカーなどのチームプレイよりも、カンフォータブルです。
チームワークは、A型人間が圧倒的に多い日本人が得意とするものですから、チームプレイのスポーツの方が日本では人気があることは当然です。
この点に私が気づいたのは、高校2年の時、アメリカのシアトルに短期留学した時でした。
いろいろな点で、アメリカと日本は異なっていましたが、一番強烈に感じたのは、アメリカが徹底した個人主義をベースにしたデモクラシイ国家だということでした。
が、その原点は、アメリカが、B型人間が圧倒的であることと、多国籍人種の集合体であることでした。
もちろん、アメリカの実力主義は資産額に対応していたため、イギリスから伝わってきたケインズ経済学をマネタリズムに勝手に変更して、拝金主場の大元を形成してしまったのです。
しかし、アメリカの個人主義社会は、スポーツマンシップが日常的な社会と相まって、負けた時に素直に負けを認め、責任転嫁をしない、という、連帯責任が日常的な日本ではありえない、素晴らしいものでした。
「黄金狂時代」の製作によって、アメリカから国外追放されたチャップリンが、その後の功績が認められて、アメリカ映画界に復帰したことなど、このあたりには、一種の清々しさがありますね。
こういう、真のフェアプレイの精神を、私は、今回の、モスクワ陸上のゴール後のアスリートの表情で拝見できたことが、実に素晴らしかったです。
日本人のアスリートが活躍していることは、とても嬉しいですが、実況している、マスコミのニュースキャスターやコメンテータが、日本人アスリートのことばかりで騒ぎまくっているのは、うるさくてかなわないですね。まあ、その方がA型人間が大半の日本人の視聴率が上がるのでよいのでしょうけど(笑)。
これまでのところで、私が一番感動したのは、「男子800メートル決勝」で優勝した、エチオピアの19歳のアマン、のゴール後の立ち居振る舞いでした。
彼は、とても謙虚な若者でした。こういう謙虚な若者アスリートが日本でも育って欲しいですね。
マスコミは、試合後のインタビューで、全てが伝わると誤解していますね。
言語情報なんていくらでも捏造可能なのです。
個人競技の場合は、試合後のボディーランゲージで、伝わる人には伝わるのです。ちょうどソロピアニストが、ステージに出てきて、ピアノの鍵盤に指を落とすまでの間に全てが伝わるように。
掲載写真は、モスクワ陸上「男子800メートル」で金の、エチオピアの19歳のアマン、です。

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2013年08月14日
「ピースとハイライト」



私は愛煙家なので、今回の、サザンオールスターズの新曲「ピースとハイライト」は、タバコのCMソングでもよかったのですが、どのような適当な題名であっても、『結果よければ全てよし』なのであります。
クラシック音楽の大好きな私は、もともと世代論は信じていないです。
大体、私の作曲作品の一番の理解者は、ドビュッシーだろうと思っていて、私が生まれた1957年1月10日には、ドビュッシーは、もう、死んでいましたので、当然のことです。
が、桑田佳祐氏は、1956年2月26日生まれなので、私とは全く同世代で、1956年4月12日生まれの、田中康夫氏執筆の「なんとなくクリスタル」で、一括括られちゃった『クリスタル世代』になります。
この年代層の人が大学を卒業して社会に出た1979年頃は、第一次オイルショックの少し後で、穏やかな右肩上がりで、今ほどのデフレではなかったものの、就職などには苦労した世代になります。
私が早稲田大学政経学部を卒業して住友信託銀行に就職したあと、1980年代後半にバブル経済がやって来て、私などが就職した当時とは全く違う、大学卒業生が異常に優遇された、バブルの大量採用時代に、私は、就職リクルーターを会社の命令でやった世代なので、バブルの大量採用世代〔現在30歳代~40歳代の、三木谷、ホリエモン、2ちゃんねるの西村博之世代〕が、知恵が全くないのにお金だけを崇め奉る人間の集合体であること、そして、その世代が子供を産んで育てしつけた結果が、今の、少年犯罪の急増につながっていることなどを熟知しています。
もちろん、今述べたことは、全体的な傾向値で、個々の違いはありますよ。
しかし、今の、20歳代以下の世代は、インフレの時代を知らないのですから、価値観は私の世代とは全く違っているのですが、夢を持ってそれを実現したいと思って努力している人達は、バブルの大量採用世代よりも年上の私などの世代以上の人間は、若い頃就職などで苦労した経験があるので、必ず、うまく理解し合えるのです。
もちろん、今述べたことも、全体的な傾向値で、個々の違いはありますが、音楽芸術などのとり組み方における、切実さやひたむきさは、コストパフォーマンスしかおつむにない人には皆無なのです。
そういうコストパフォーマンスしかおつむにない人たちの集まりが、「2ちゃんねる」なので、案の定、「2ちゃんねる」のスレッドでは、「ピースとハイライト」の歌詞に対して、「もう、桑田佳祐、は終わった。」などという発言が多いのです。
終わる、ってどういうことでしょうか。作者が死んだら終わるということは、芸術ではありえないのですよ。
J.S.バッハの「マタイ受難曲」は、300年以上続いていますが、そのようなものに対して、「ウザい」「ムカつく」とタメ口を叩いても、全く、J.S.バッハの作品はゆるぎもしません。
ツウィッター、は、つぶやき、ですので、感性が一番出ることがあります。
「いとおかし」なんてつぶやけない皆様が、『コストパフォーマンス重視・拝金主義世代』なのでしょうね、きっと。
・・・・・等々、観察していると、日本民族とその特有の素晴らしい文化は、スタンフォードあたり発の、コストパフォーマンス重視の拝金主義者によって、壊滅してゆく運命にあるようですね。
「ピースとハイライト」という歌詞を書かざるを得ない状況が素晴らしい、これで、桑田佳祐がおしまいになるから最高だ、と、あざ笑っている人は、聴覚中枢に何か不具合があるのでしょうから、既に終わっているのですが、それに気づいていないようです(爆)。困ったことです。
また、「ピースとハイライト」について、反戦歌だ、という主張は、全く間違っています。「反戦歌」という発想は、学生運動華やかなりし頃の日米安保闘争世代〔今、65歳以上の世代〕の皆様の連合赤軍派の皆様が活躍していた頃の発想です。「ピースとハイライト」は、超現実主義、つまり、、シュールレアリズムに基づく作品なのです。この歌詞は、ジャコメッティが言ったように、現実を、時間枠を越えた普遍的な観点から見て、それを言葉にしているだけのことなのです。
だから、この歌詞は何も強制していないし、平和を理想だと思うことについて、「絵空事かな」、と入っているのです。絵空事だと思う人は思えばいいのです。
「20世紀で懲りたはず」なのですが、戦争大好きな人は、歴史を無視して、同じ過ちを繰り返せばよいのです。ただし、一人で、孤独におやんなさい。周囲を巻き込むのは多大な迷惑なのですよ。

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2013年08月12日
猛暑用のうどん


何という暑さでしょう。
昨日の日曜日、高松は、38.6度になりました。しかも湿度が高いので、外に出ると、もう、ものすごい状態です。
自転車で、10分以上行くだけでも、おかしくなりそうなので、近所にうどん店がたくさんあることは、とても助かりますね。
ただし、日曜日は、うどん店、製麺所、は、お休みのところが多いのですが、幸いなことに、自転車で5分のところにある、「さぬき麺市場・本店」は、朝6時から夜8時までの営業で、元旦以外無休で、高松の老舗「もり家」、かつてあった「かな泉」、とほとんど同じ小麦のブレンドによる、私の大好きな麺であること、トッピングの300gの鶏肉の天麩羅が100円であること、無料で撮り放題の無料トッピングに、ネギ、ゴマ、ショウガ、スダチ、レモン、大根おろし、が全てそろっていること、天つゆ、も無料で、天麩羅定食や天丼スタイルでも、300円程度で食事できることから、近場の激安ファミレスのジョイフル、マクドナルドなどよりも混雑しています。
西讃地区からいらっしゃるお客様のために、開店5年で、東バイパスにも支店が出来ていますが、本店の方が、うどんとトッピングが美味しいことは、明白なので、よいのです。
こんな、蒸し風呂の中にいるような日曜日でしたので、私は、「さぬき麺市場・本店」で、『冷たい生醤油うどん』と、『鶏の天麩羅』に大根おろしを山のようにかけ、スダチを絞って、いただきました。
この猛暑は続くようですから、うどんに飽きたら、「黒田屋」が始めた『小豆島の冷やし素麺』、うどん「やま家」の『ザル蕎麦』も、日曜日以外なら近所にあって、開いているのでOKなのですが、ついに、早明浦ダムの貯水量が激減して、第二次取水制限に陥ったので、若い皆様は心配しているようですが、56歳になってしまった私は、幼少期、毎年8月は断水で、給水車が回ってきてお水をいただくことが普通でしたので、慣れていますのでOKですね。
冷たい麦茶は、昔から、多めに作って冷やしておくことや、風呂、洗濯などの水周りのハンドリングも習慣になっていますので、大丈夫です。
しかし、地球温暖化に伴い、瀬戸内海で撮れる魚に変更が発生していますので、その点が、ちょっと心配ですが、母子家庭で、母を看取りましたので、義務は果たしたので、そんなに長生きしなくてもよいので、のんびり過ごしています。
掲載写真は、昨日いただいた、「さぬき麺市場・本店」の、『冷たい生醤油うどん』と、『鶏の天麩羅』に大根おろしを山のようにかけ、スダチを絞ったものです。

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2013年08月11日
昨日のうどん


昨日の高松は、気温が昼過ぎに、38.2度になり、呆れた高温で、高温サウナに入っているような状態でした。
昼過ぎのブランチは、自転車で3分くらいの、近所の「さか枝」で、『かけうどん・アナゴ天載せ』〔170円+80円=250円〕をいただきました。
ここまで暑くなると、冷たいかけうどんよりも、温かいかけうどん、の方が、いいですね。
私の向かいには、若いカップルが座っていました。が、立ち居振る舞いで、県外客だと直感しましたので、お話しました。
東京から、自家用車で四国への小旅行にいらっしゃったとのことでした。
私が東京にいた当時、15年間近く吉祥寺に住んでいたことなどお話して、次に行く近所のお勧めのお店を聞かれたので、歩いてすぐのところにある、「こだわり麺や・高松支店」の、『冷たいかけうどん』と、『高野豆腐の天麩羅』をお勧めしました。
二人は、かけうどんの冷たいものもあることと、高野豆腐を甘く炊いて天麩羅にしたもののトッピングに驚いていました。
が、昨夜、高松に到着して、最初に行ったうどん店が、「誠」だとおっしゃったので、絶賛しました。正しいうどんを食べたのですからね。
しかも、「誠」は、一般店なのに、『かけうどん』が150円ですので、高松市内で一般店で一番安い「あわじ屋」の『かけうどん』(120円)には及ばないのですが、「はなまる」は絶対に行かないようにした方がいいこと、「丸亀製麺」は、セルフの分際で、かけうどんが280円もするので、高松市民は絶対に行かないこと、「オリーブハマチ」、「讃岐豚」、「醤油豆」、「骨付き鶏」などの、プロテイン豊富な讃岐名物もご案内しました。
二人は、これから、「こだわり麺や」に行った後、高知に向かうとのことでしたので、「カツオのはらんぼ(スナズリ)の塩焼き}、「ノレソレ」(アナゴの稚魚の生魚)、「うつぼのタタキ」、「スイカ」、「メロン」、「ユズ」は、絶対に安くて美味しいので、是非、たんぱく質とビタミンをたくさん召し上がって、うどんなどの炭水化物の食べすぎを改善しないと、タコ焼きとお好み焼きを食べ過ぎて、気が短くなっている、大阪府民のようになってしまうので、そのようにならないよう、注意を喚起しましたら、爆笑していました。
もちろん、私は、33歳から3年間、転勤した大阪でも勤務していましたので、大阪人の気の短いところ、おしゃべりの愉快なこと、情の厚いこと、は大好きで、素晴らしいと思っているのですが、新宿二丁目や新橋の方が、堂山町や難波よりもいい男が多く、東京の方が眺めがよかったので、昔の東京のうどんの不味さは、公私混同に、許しているのです(笑)。
『眺め』は、本当に大切なのですが、昨今では、眺めのいい政治家が減りましたねえ(笑)。
高知は高松よりも暑いに決まっていますから、大変でしょうけど、東京の街中のコンクリートや高層ビルの照り返しが少ないこと、海が近いことは、ましだろうと、思いました。
掲載写真は、昨日いただいた、「さか枝」の『かけうどん・アナゴ天載せ』、です。

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2013年08月10日
おとなりのひととは仲良くしましょう(笑)・・・うどん店ご案内とコラボ


昨日は、坂出市から、コラボ相方の、27歳の山本君が遊びに来て、米倉利紀さんのナンバーの合わせの間に、クラシックピアノ曲やジャズスタンダードなどをごちゃ混ぜにする、楽しい楽しいアレンジタイムを過ごしました。
もちろん、私の家でコラボをやる前に、高松駅前で落ちあってから、高松市内の美味しいうどん店をご案内したり、お茶もしました。
まず、山本君が行きたいということで、南新町の「綿谷製麺・高松支店」で、『牛肉ぶっかけうどん』をいただき、田町の喫茶「ルピナス」でアイスコーヒーで一服してから、宮脇町の、うどん「吾里丸(ごりまる)」の『冷たいかけうどん』をいただきました。
昨日は、R&Bのシンガーソングライター・米倉利紀さんの「infinity」、「hands」、「大丈夫っ!」、に、ショパンの「幻想即興曲」、「別れの曲」、ジャズスタンダードの「ミスティ」、唱歌「浜辺の歌」を混ぜて、やりました。
山本君は、ほぼ正しい絶対音感が身についたようで、アカペラで正確な音程で歌い始めて、それまで無音だった、ぼくのピアノが途中で加わってもピッタシ合うようになりましたので、とてもとても、嬉しかったです。
というのも、こうなれば、アレンジに対位法の作曲技法を入れることが出来るからなのですが、米倉利紀さんのナンバーと、ショパン、ドビュッシー、サティー、などの作品のモティーフをフーガにして、同時に響かせるアレンジが出来るので、私の持つ作曲技法全開でアレンジ出来るからなのです。
この世のアレンジャーが、どんなにコード進行(和声進行)、装飾音、リズムや音色に拘っても、ピアノとボーカルの2人だけで、対位法にかなったフーガやカノンも自在に、アレンジに入れることは、なかなか出来ていないですからね。
例えば、自称アレンジャーのあなた、サザンのナンバーと、ショパンの作品の、フーガが出来るものならやって御覧なさい。和声をマッチングできる部分だけのフーガは、ホモフォニックな発想に過ぎませんから、フーガではなく、フガートに過ぎないのです。フーガにするには、対位法をマスターしていないと、絶対に無理なのです。
山本君は、来週の月曜日に、また、私の自宅に来て合わせることになりました。8月24日のカフェ「くさか」でのライブが楽しみになりましたね。
掲載写真は、行きつけの喫茶の、高松市田町「ルピナス」で、ここのお嬢様が撮影してくれた、山本君と私の2ショットです。
それにしても、サザンの桑田佳祐氏の才能は大したものですね。
新曲の「ピースとハイライト」なんて、まるで、タバコを絶賛している、JTのCMソングみたいな題名ですが、歌詞は、明らかに、中国・韓国と日本の、それぞれの国の国粋主義の皆様の利己主義を注意したものなのですから、素晴らしいですね。
「何気なく観たニュースでおとなりの人が怒ってた」という開始の歌詞は、好き嫌いは別にして、可笑しいですよね。
おとなりの人=中国、韓国 であることは、明白なのですが、この歌詞で一番大切な部分は、『何気なく観たニュース』の一節なのです。
作詞も作曲も、『何気なく』出来るものなのです。
この歌詞に対して、政治的にガタガタ批評する人は、『何気なく』作詞や作曲の出来る才能のない凡庸な瓦礫であることを自ら認めているだけだということを自覚しましょうね。
『何気なく』するのならば、芸術作品を手がけましょうね。
東京電力のように、『何気なく』、お金儲けのために、放射線汚染水を海に垂れ流すことは、やめていただかないといけませんね(笑)。
最近の安部総理は、ダメです。消費税増税は、『何気なく』しないんだ、という雰囲気を醸し出すために、有識者に意見を求めているようですからね。
もう、ポーズで増税を断行することはやめていただきたいものです。
ともあれ、サザンの復帰第一作が、下記の「ピースとハイライト」になったことは、素晴らしいことです。
『ピースとハイライト』 作詞:桑田佳祐
何気なく観たニュースで
おとなりのひとが怒ってた
今までどんなに対話(はな)しても
それぞれの主張は変わらない
教科書は現代史を
やる前に時間切れ
そこがいちばん知りたいのに
なんでそうなっちゃうの?
希望の苗を植えていこうよ
地上に愛を育てようよ
未来に平和の花咲くまでは…憂鬱(Blue)
絵空事かな お伽話かな
互いの幸せ願う事など
歴史を照らし合わせて
助け合えたらいいんじゃない?
固い拳を振り上げても
こころ開かない
都合のいい大義名分(かいしゃく)で
争いを仕掛けて
裸の王様が牛耳る世は…狂気(insane)
二十世紀で懲りた筈でしょ?
燻る火種が燃え上がるだけ
いろんな事情があるけどさ
知ろうよ互いのいいところ
希望の苗を植えていこうよ
地上に愛を育てようよ
この素晴らしい地球(ふるさと)に生まれ
悲しい過去も愚かな行為も
人間(ひと)は何故に忘れてしまう?
愛することをためらわないで…

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Posted by 岡田克彦 at
01:31
│Comments(0)
2013年08月07日
うどん三昧の一日


昨日も、またまた、うどん三昧な一日になってしまいました(笑)。
一昨日の夜、アレンジなどで夜更かししたので、昼すぎに起きた私は、まず、「黒田屋・田町支店」まで、自転車で、ぷらぷらと出かけて、冷たいかけうどん3玉、と、チキンボールのおでんをいただきました。
隣のテーブルにいらしていた老夫妻が、じっと私の食べ方、無料トッピングの、ショウガ、大根おろし、ネギ、等のとり方を見ていたので、県外からいらした方だと直感したので、早速、話しかけました。
「遠方からいらしたのですか。」
「鹿児島県から、本場のうどんを食べに参りました。」
「そんな遠くからですか。でしたら、ここの、黒田屋は、高松市内では、「生醤油うどん」(茹でたうどんに醤油を少しかけただけの、一番シンプルな食べ方で、うどんのコシ、そのものが味わえる食べ方)が美味しくて有名ですし、開店が午前10時半で閉店が翌朝の4時半の、昭和33年開店の老舗で、地元で愛されているお店なので間違いないですよ。よかったですね。」
「ああそうですか。ではよかったよかった。宿泊したホテルの方が勧めてくれたのですよ。」
「でも、鹿児島だったら、高松よりも美味しいものいっぱいありますから、高松ならば、うどんのほかに、讃岐コーチンの骨付き鶏、餡餅入りの雑煮、『大西食品』の『醤油豆』、『松風庵かねすえ』のキンツバの『唐芋きんとん』、硬くて硬くて噛み切れない煎餅の『くつわ堂』の『瓦煎餅』、あとは、『讃岐和三盆』くらいしか、名物はありませんので、『栗林公園』が美しいですから、そちらを散策されたらいいですね。」
「そんなにいろいろあるのですか、楽しみですね。栗林公園は今から行く予定です。」
「でしたら、栗林公園の中に茶店がいくつかありますから、お抹茶などを飲んで、熱中症にならないよう気をつけてくださいね。ただし、栗林公園の中の茶店のうどんは、全て、美味しくないですから、食べないでくださいね(笑)。栗林公園の正門を出た向かいに『上原屋本店』という素晴らしいうどん店があります。『きつねうどん』は、高松市内で一番美味しいですから、栗林公園のそばだったら、そちらで召し上がってくださいね。」
「『上原屋本店』ですね。わかりました。有難うございます。でも、本場のうどんは、安いですね。」
「そうですか。ここ『黒田屋』さんは、高松市内のうどん店としては、かけうどんが200円もしますから、高い方なのですよ。高松市内のセルフうどん店や製麺所の『かけうどん』は、150円~180円が適正価格のようですからね。」
「本当ですか。でしたら、皆さん、毎食うどんを食べるはずですね(笑)。」
などとおしゃべりしていたら、ちょっと足りないな、と感じたので、稲荷寿司を追加でいただきました。
猛暑のせいなのでしょうね。「黒田屋」には、小豆島の『冷やしそうめん』がメニューに加わっていましたが、気温がどうこうというよりも、湿度がすごく高いので、本当に大変な気候になりましたね。
そのあと、田町のマルナカのバナナを買いたかったのでそれを買ってから、サンボートで瀬戸内海の海風を楽しんで、モワーーーッとしてから、ホテルクレメント高松のパンを買って帰宅に向かいました。
ところが、帰宅中に自転車でぷらぷらしていたら、宮脇町の、うどん「誠」の前を通ったとたん、夕食もうどんが食べたくなったので〔ここのうどんもメチャクチャ美味しいのですよ。〕入ってしまいました(笑)。
「誠」は、一般店なのですが、かけうどんが、150円、で、コシが素晴らしい、私の自宅近所の店なのですが、夜7時までやっているので、夕食時は、いつも私の自宅近所の、常連客で満席の有名なお店です。
席について、何にしようかな、と、メニューを見ていたら、早速、今度は、私が隣の来店客のおじさんに、コテコテの讃岐弁で話しかけられました。麦焼酎を持ち込んで一杯飲みながらおでんをつついているので、常連の近所の人だろうと思いました。
「わしは、昭和30年生まれじゃ。あんたは、何年生まれな。」
「はい。私は、昭和32年生まれですから、2年先輩でいらっしゃるのですね。よろしくお願いします。」
私自身、東京が長いので、いきなり話しかけられると、自然に共通語になってしまいます(笑)。
「ほーなー。まあでも、ここは、高松やけん、共通語でしゃべらんでもええで。わしは、長いこと東京の、下落合やったんじゃ。あんたも東京におったんやろ。」
「はい。そのとおりです。ぼくが、東京で初めて住んだのは、野方でした。」
「なんや、ほんだら、西武新宿線つながりじゃのう。仲良うにしようで。」
「へえー。」(ここで、私も完全に讃岐弁になってしまいました。)
「何食べるか迷いよんなら、今、大将が茹でよるけん、釜揚げがええで。」
「この店、野菜天うどんが美味しかったんやけど、今日は夕食やけん、ボリュームのあるもんがええんやけど、何がええかいのう。」
「ほんだら、五目うどんがええで。」
「五目うどん、言うたら、何が入っとんな。」
「野菜天、肉、卵焼き、かまぼこ、鳴門ワカメ、海苔、大根おろし、ショウガ、ゴマ、まんでがん載っとるで。」
「ほんだらそれにするわ。すみません。五目うどん下さい。」
そのあと、そのおじさんは、常連客一人一人のうどんの好みを私に教えてくれました。
「あそこに座っとるばあさんは、いつも、ようけ食べるんで。見てんまい、3玉も食べよるで。」
私は吹き出しそうになりながら、高松は、個人情報の保護はあまりないことを確認しながら、ほっとしてしまいました。
「ハハハ・・。こんなにうどんでつながった町ならば、広島の16歳の殺人鬼の女みたいなもんは、出現せんけんええの。」
「ほんまにあの事件は呆れたわ。6人でよってたかってしばいて殺して首の骨折ったんやけんのう。」
「あの事件の責任は全部、親にありまっせ。どうせ、あの親の世代は、『ムカつく』『ウザい』『キモい』あたりの、タメ口をしゃべっりょったんやろから、それが、殺人鬼の女を育てた原点じゃ。ほんまにいかん時代になってしもうたのう。」
「わしらが子供の頃は、悪いことしよったら、近所にがいなおっさんがおって、親でのうても怒られよったのにのう。」
「そうやそうや。いかんもんはいかん言うてしつけないかんのに、あの広島の16歳の殺人鬼の女の親は、自分の言葉遣いや、しつけ方の悪いことを棚に上げて、全部、学校の先生のせいにしよった、モンスターペアレントやろからのう。ほんだけん、16歳の子が死刑にならんのなら、親が死刑にならないかんでっせ。殺された子の親のことを考えたら耐えられん事件や。」
「学校の先生は絶対に別格上位やったのに、どうして、こんないかん時代になってしもうたんかいのう。」
「政治がなっとらんでしょうが。ヒトラーをたたえよる麻生、やめん管、いかん総理が続いたけんのう。」
「一番いかんのは、鳩山や。」
「ほんまにのう。世間知らずにも程があるくそぼっこやったけんのう。沖縄はわやや。」
「ほんだけど、殺した人間の首の骨を折る16歳の女が広島におる言うて聞いただけで、わしは、この家は、山口組の幹部かもしれんのう思うたでぇ。殺人の英才教育したんかと思うたで。」
「ハハハ・・。高松であんなことが起こったらえらいこっちゃで。村八分じゃ。」
「そらそうや。グローバルスタンダードよりも、歴史があるけん、村八分の方が、絶対に強いで。」
・・・・・などなど話していたら、次の客が入ってきたのですが、他県の人だとすぐにわかりましたので、二人で、高松市内の讃岐うどん店のご案内をしました。
その次のお客さんのおじさんは、大阪から、うどんを食べに、香川県にいらした方でしたが、茹でたばかりの、釜揚げうどんに、大感激していました。
こうして、「また、誠で会いましょう。」と2歳年上のおじさんとはご挨拶して帰宅しました。
「いつ会うの。」「今でしょ。」なんて言わなくても、宮脇町は、私の住む、西宝町の隣町ですから、絶対に会えるのです。うどん好きな人は、絶対に「誠」に食べに行くことは決まっているからなのです。
掲載写真は、「誠」の『五目うどん』(450円)です。本当に素晴らしく美味しい夕食でした。

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2013年08月05日
「めんや 七福」と「瀬戸大也」・・・素晴らしいです。

今日の早朝、テレビで見ていた、バルセロナ「世界水泳」最終日、男子400メートル個人メドレーで、見事な金メダルをとった、瀬戸大也氏を見て、感激しました。
日本人初だとかはどうでもいいのです。5位に終わった、当初、金メダル確実だろうと言われていた、萩野公介氏と、レース終了後、プールの中で握手して、喜び、お互いの健闘をたたえている姿に、非常に感動しました。
この映像、自民党や民主党のトップは見ているのでしょうか。選挙で勝った、負けた、という結果の後、相手の健闘をたたえるような人格的余裕のある政治家が何人いるのだろうか、と、考えてしまいました。
瀬戸大也氏は、早稲田大学の一年生だとのこと。ということは、ぼくの後輩と言えば後輩なのですが、作曲という、個性で勝負する世界で過ごしている私は、年齢なんか関係なく、ただただ、リスペクトしてしまいます。

ともあれ、めでたいな、と感じた、うどん県民の私は、うどんを食べに出かけました。
南新町の「綿谷製麺・高松支店」で、素晴らしい肉うどん(350円)を食べようと思って自転車で出かけました。
ところが、県道33号線から県庁通りを香川県庁に向かって北に入ってすぐのところにある、トンカツ専門店「本気豚食」(ホンキートンク)の手前に、新しい讃岐うどん店の、「めんや 七福」が開店していたので、入りました。
冷たい豚肉ぶっかけうどん(310円)、を、小エビのかき揚げと一緒に、いただきました。
うどんを、一口、口に入れて、「これは、すごい」とぼくは感動しました。
こしがあるのはあたり前なのですが、喉ごしが抜群にいい、表面がスベスベの麺なのです。
絶対ここの大将は、西讃の人じゃない、この洗練されたうどんは、高松のものだ、と直感した私は、聞きました。
「素晴らしいですね。あのう、どちらのうどん店や製麺所で修行されたのですか。」
お昼の混雑が一段落したところだったため、若い社長の笹尾さんがニコニコしながら出てこられて、答えられました。
「綿谷製麺で勉強しました。」
「だったら、丸亀市の方ですか。」
「いえいえ、高松市です。『綿谷製麺・高松支店』で働いていました。」
「そうですか。嬉しいな。ぼくも高松市出身で在住だから、こんな美味しいうどんを、高松市出身の方が手打ちしてくれるのは、とても嬉しいです。」
「有難うございます。」
「実は、今、自転車で、南新町の『綿谷製麺・高松支店』に向かう途中だったんですよね。嬉しい偶然だなあ。ただし、うどんの麺そのものでは、このお店の方が、あなたが修行された『綿谷製麺・高松支店』よりもはるかに美味しい、というか、高松人は、喉ごし重視ですから、この店、高松市内だから絶対に流行りますよ。もちろん、『綿谷製麺』は、ぼくは、丸亀市の本店にもお邪魔したことあるんだけど、素晴らしいですけどね。ただ、あそこの、キツネ寿司は大きすぎて食べきれないや。」(笑)
「『綿谷製麺』は、お客さんが多いですから、大量にうどんを作るので、うちとは規模が違いますからね。」
「規模よりも、美味しさが大切ですよ(笑)。今後、ぼくの東京の友人は絶対ここに連れてきますよ。」
「有難うございます。」
などと、楽しく会話して、美味しくいただき、夕食用に、生うどんも2玉買って出ました。

そのあと、床屋に寄った後、ぼくは、バルセロナの瀬戸氏と萩野氏のパフォーマンスへの興奮がさめなかったので、続けて、うどんを食べました。
南新町の、マルヨシセンター創業者の佐竹氏のやっている「うどんや」で、『冷たいかけうどん』をいただきましたが、まだ、食べようと思って、『冷たいスダチ生醤油うどん』と、カレーコロッケ、をいただいて、ようやく、落ち着きましたので、他の買い物もして、帰宅しました。
夕食は、昨日作っていただいた、カレーの残りで、「めんや 七福」の生うどんで、カレーうどんを作って、これに、モツァレラチーズを入れて、チーズカレーうどん、をいただきました。
素晴らしい一日でした。
掲載写真は、順に、レース直後の瀬戸大也氏と萩野公介氏、「めんや 七福」の『豚肉ぶっかけうどん』、です。

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2013年08月01日
「二十四の瞳」のこと、等


『海の色も山の姿も昨日につづく今日でした。』
壺井栄女史原作の傑作「二十四の瞳」の冒頭のこの一節は、なんと素晴らしい霊感に溢れた文言でしょう。
第二次世界大戦に巻き込まれて、教え子が戦死したり失明するような事件が起こる前の、平和な、香川県小豆島の自然を語っているのです。
この傑作は、1954年に、高峰秀子主演で、映画化されましたが、1987年には、田中裕子主演で、再度映画化されました。
私は、映画全体としては、最初のもの(掲載写真は、その1シーンです。)、が強烈に印象に残っていますが、1987年の映画では、三枝成章氏の音楽が素晴らしかったので、音楽的にはとても記憶に残っています。
で、今回は、松下奈緒さん主演で、8月4日(日)21:00~、テレビ朝日系列〔香川県高松市では、瀬戸内海放送〕で放送されるので、とても楽しみにしているところです。
この映画や放送を見る度に、私は、どうして、日本人は、物欲の塊になり、人の命を軽視するようになってしまったのだろう、と感じます。
その意味では、モンスターペアレント、いじめ、殺人の急増、電気代が安くなるという理由で、原発再稼動を放置しているような、今の時代を担っている、政治家や財界の皆様には、是非、ご覧いただきたい物語ですね。
もちろん、「二十四の瞳」をご覧になっても、人の命の大切さを感じないばかりか、お金儲けしか考えられなくなってしまった、感受性が捻じ曲がってしまった自己顕示欲だけの物体には、「二十四の瞳」は、『豚に真珠』でしょうから、死ぬまで見ないでいいですよ(笑)。
私は、亡き、壺井栄女史が、生前、愛用していたので有名な、老舗和菓子店の、高松市片原町商店街の「三友堂(さんゆうどう)」の『木守(きまもり)』〔柿餡の入ったモナカ〕を、今日、買ってきていただきました。
食べ慣れたお菓子なのですが、まさしく、地産地消だな、って、感動しました。
この種の感動を感じた時、私は、なぜか、シューマンの「アラベスク」を弾きたくなってしまうので、ピアノで演奏しました。
ところで、高松市瓦町の老舗旅館の「丸天旅館」の女将をしていた亡き母から聞いたところでは、明治5年創業の「三友堂(さんゆうどう)」は、明治維新になって、身分制度がなくなったときに、江戸時代に武士だった若者の親しい3人が協力してこの店を始めたため、「三友堂(さんゆうどう)」という店名になったのだそうです。
高松中央商店街には、餡餅雑煮に入れる、餡餅の老舗「エビスヤ」(明治43年創業)、帯留め、などの和装小物専門店の「高橋萬珠堂(タカハシマンジュドウ)」(昭和2年創業)、エアコンがなく、入口が古色蒼然としているカキ氷店「美代志野(みよしの)」(昭和11年創業)〔カキ氷を食べた後、お腹が冷えるといけないことを気遣ったメニューとして鍋焼きうどんが年中置いているので有名です。〕、などの老舗がいっぱいあるので、私は驚かないのですが、東京から遊びに来た友人は、みんな、大変に驚かれるみたいですね(笑)。
まあ、氷イチゴや、クリーム白玉あんみつを「美代志野(みよしの)」で食べた後、熱い鍋焼きうどんを食べないと、うどん県高松市でうどんを食べたことにはならないのですけどね(笑)。
それにしても、「フェイスブックにおいて、友人の発言に対して、『いいね』があるのに、『悪いね』や『よくないね』、がない事態が、『昨日につづく今日でした。』」という、本音を隠す状況を作っていることは、本当に困りますね(笑)。
このような、付和雷同な状況の蔓延が、下記のような今の状態を作っているのですからね。
『原子力発電所の数も、殺人事件の発生件数も、昨日につづく今日でした。』
『コストパフォーマンスしか理解できない、人間の能力低下も、J.S.バッハの、フーガの技法、が聴き取れない、人間の感受性の欠落も、昨日につづく今日でした。』
『東京電力の役員報酬も、薬品や化粧品の捏造件数も、昨日につづく今日でした。』
私の結論;
「いつ、どのように、反撃するの?」
「10倍返しするのは、今でしょ !!!」

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タグ :戦争反対