2011年05月31日
鳥取は島根の右側です。
「鳥取は島根の右側です。」をベースに、私が言いたいことをいくつか。

愛媛は香川の左側です。
徳島は香川の右側です。
高知は香川の下側です。
岡山は香川の上側です。
∴ 香川は中四国の中心です。
信州蕎麦は讃岐うどんの下側です。
ラーメンは讃岐うどんのトッピングです。
イタリアスパゲティは讃岐うどんの後輩です。
∴ 讃岐うどんは世界一のパスタです。

讃岐うどんの歴史は1200年です。
アメリカの歴史は500年程度です。
∴ アメリカは讃岐うどんの42%程度のひよっこです。
小沢一郎は田中角栄のはるかはるか下側です。
民主党は小沢一郎のお陰で政権をとりました。
∴ 民主党はロッキード社の下側です。
谷垣禎一は、1996年(平成8年)の『文藝春秋』企画の「現役政治部記者が選ぶ21世紀のリーダー」で、1位が鳩山由紀夫なのに、3位にすぎません。
『文藝春秋』を創出したのは、香川県出身の菊池寛です。
∴ 鳩山由紀夫も谷垣禎一も、香川県の下側です。2011年現在、民主党も自民党も香川県の下側です。
管総理はコミュニケーションリーダーシップが皆無です。
管総理は理系出身で、原発の中の枝葉末節機能しか知りません。
∴ ドラッカーを読み理解出来ない文系能力、コミュニケーションリーダーシップ皆無の管総理は、総理失格です。所属政党と無関係にさっさと辞めましょう。
小泉純一郎はバツイチです。
女性一人すら幸せに出来ない男が総理になったことが日本の悲劇の始まりでした。
∴ 小泉純一郎も、その手下の拝金主義者で規制緩和しすぎた、経済学者崩れの竹中平蔵も、みんなで、「村八分」にしましょう。
「M&A」には、1980年頃からの短い歴史しかありません。
「村八分」には、弥生時代からの長い歴史があります。
∴ 「M&A」は、「村八分」の、はるかはるか下側です。
掲載写真は、現代の日本のゴロツキ3人で、順に、東京電力社長、小泉純一郎、管総理、です。

2011年05月29日
大雨です。

台風2号の接近で、香川県は大雨で、土砂災害の可能性が高くなっています。
梅雨前線と台風が同時という、異常な気象です。
東日本大震災以来、いよいよ、奢った人間への自然の報復が続いているような気がしています。
これまで、香川県は今の時期、断水の恐怖にさらされていることが普通でしたので、断水は断水で大変なのですが、私が生まれた昭和32年からずっと、断水の恐怖にさらされたり、給水車までお水をいただきにゆくことが普通でしたので、雨が降らないことが自然界のおきてでした。
ところが、今年は、そうではないのです。
それだけに、東日本大震災以上の、何かもっと大変な災害がやってくる予兆のように感じています。
このような悲劇的な状況に日本が置かれて何とか立ち直ろうとしている時点においても、日本の政治家の面々は、地震被災者の皆様の命や、今後の原発問題の処理よりも、自分と自分の所属する政党内の派閥の繁栄と、自分が総理大臣のままでいたい、あるいは、自分が総理大臣になりたい、などという、私利私欲と野心に満ち溢れてお元気に過ごされているようです。
このような面々が日本の政界にいっぱいいるのですから、被災地で窃盗犯が増えたり、放射線回避の偽者ドリンクの販売や義援金詐欺の電話などが多発しても仕方がないのですね。
今の政治家も政治家ならば、それを選んだ、国民も国民なのですから・・・・・。
私は、やはり、偉大なリーダーだった、田中角栄総理のことを思い出してしまいます。
田中角栄氏がロッキード事件で刑事被告人になった1976年、早稲田大学政経学部経済学科在学中だった私は、同じ研究室の仲間と居酒屋で飲みながら怒っていましたね(笑)。
「なんで、田中総理がロッキード事件で捕まらないといけないのか。いくら贈収賄でお金もらったって、ロッキード社なんて、アメリカみたいな外国の会社なんだから、いいじゃないか。」と、くだまいていましたね(笑)。
それくらい、田中角栄氏は、日本人一人一人の命と生きがいを第一に考えていたので、国民的に人気があったのですね。
私の大学時代の親友の一人は、帝国ホテルでアルバイトのドアボーイをしていました。その時、田中角栄総理がいらっしゃったので、お車のドアをあけてお迎えしたところ、
「よーーーっ。ごくろうさん。」、と言いながら、チップを渡されたのだそうですが、それが、何と、100万円の札束だったそうで〔当時の100万円は、今は、500万円くらいの価値があります〕、本人はびっくりしていましたけど、友人数名と一緒に、新宿のステーキハウスで、彼にご馳走してもらったことがありました(笑)。
バブルの前、緩やかな右肩上がりの景気の時代のことでした。
終身雇用、年功序列がまだ色濃く残っていたお陰で、今年よりも来年は、必ず、年収が上がる保障がありましたので、新卒直後の人達も、未来に夢を持って生きることが出来ました。
当然ながら、オレオレ詐欺もワーキングプアーもM&Aも、皆無でしたね。
ともかく、この大雨で、例年8割を切っている早明浦ダムの貯水率は100%を超えている、という、異常な事態になっています。
この、日本存亡の危機的な状況下で、国会議員が、夏休みをとるという、呆れ果てた対応、計画停電で、ひったくりをしやすくなったと大喜びの首都圏の拝金主義に毒された犯罪者、共々、世の中は確実に異常になっていますが、この異常な状況を異常だと感じない人達が多いこと、自分にリーダーシップが皆無なので総理失格だということにすら気づかない、管総理などもひっくるめて、世の中は異常になっているようですね。
2011年05月24日
『ハマチの刺身』と、香川県の文化的歴史

ハマチは、平成7年に、香川県の県魚に指定された、馴染み深い魚ですので、讃岐の郷土料理として取り上げました。
刺身はもちろん、照り焼き、あら炊き、塩焼きなど、あらゆるハマチ料理の楽しめる専門店が、高松市木太町の「活魚・小松」です。
日本で初めて、ハマチの養殖を成功させたのが、昭和3年香川県引田町の野網和三郎氏で、以来、香川県では、「育てる漁業」とする養殖業が漁業生産高の7割を占めています。
ハマチの旬は、冬です。
ご高承のように、ハマチ、は、大きさによって呼び方が変わる出世魚で、ハマチは、高松では、ヤズ → ハマチ → ブリ と、大きくなるにつれて、呼び方が変わります。
従って、冬の魚の定番の、ブリ、は、全て、ハマチ、が大きくなったものですので、ブランド名を明確にした方が価値が上がるということで、ハマチの養殖の発祥地の、香川県引田町の漁協が、「引田のブリ」と命名して全国に出荷しています。
香川県漁連の方にお聞きしたところでは、ハマチ、に関しては、天然物よりも養殖の方が、与える餌のお陰で、絶対に美味しいのだそうですが、実際、刺身でいただくと、引田の養殖ハマチは、のっている油の香りが天然物よりも素晴らしいので、すぐにわかります。
私の知っている限りでは、「活魚・小松」でいただく、ハマチの刺身が、最高です。
「活魚・小松」の経営者は、引田町の網元ですので、とても安く新鮮なお魚をいただけます。
この、ハマチにマグロ、イカ、の加わった刺身盛り合わせ、瀬戸内海の車海老と高松市塩江町の竹の子の加わった天麩羅の盛り合わせ、鳴門ワカメの赤だし味噌汁、茶碗蒸し、讃岐名物の甘みの強い金時人参などの煮物の小鉢、サラダ、ご飯、デザートの高知南国のメロン、の乗った、「小松定食」は、ご飯はおかわり自由で、1050円、という値段で、年中無休でしたので、隣にあった、ガストは、移転してしまいました。
さらに、「活魚・小松」は、手打ちしているうどんも美味しいのですけど、「小松定食」に、アジの活け造り、ざるうどん2玉の加わった、「讃岐定食」という、絶対に食べきれない恐ろしい定食が2200円なのです。

私は一度だけ、「讃岐定食」を頼みましたが、絶対に食べきれない量でしたので、天麩羅は、折りに入れてもらって持ち帰りました。
刺身、活け造り、ざるうどん、は、出来たばかりが絶対に美味しいので、持ち帰れない、赤だし、茶碗蒸しと共に、一生懸命食べました。以来、「讃岐定食」は、絶対にオーダーしないのです(笑)。
が、こういう時の、ざるうどん、の位置づけが、刺身、活け造り並になるのが、讃岐人だと思います。
先般、神戸の友人のジャック君が、ご両親と一緒に高松にいらっしゃった時に、「活魚・小松」にご案内しましたが、お父様は、値段の安さに呆れて、「高松の地場の割烹は、関西の半額だねえ。」と、驚いていました。
が、私などは、東京に20年以上住んでいましたので、割烹の食事代は、高松は東京の五分の一だと感じていますし、大阪は、随分食べ物は安いと思っています。

まあ、でも、味覚は人それぞれですので、赤坂の高級割烹の、1万円以上のハマチの刺身の方が、高松のハマチの刺身、よりも美味しいと言いはる、六本木ヒルズ族の皆様方は、お亡くなりになるまで、香川県には、うどんしかない、と、勘違いしておられたらよいと感じています(笑)。だって、讃岐うどんは、年老いて総入れ歯になって、何も噛めなくなっても、OK、ですからね(笑)。
お酒のあてに最高の、「なまこ酢」が、「活魚・小松」では、冬場、300円くらいなのですけど、このようなものは、噛みしめないと美味しくない食べ物ですから、私も、ヨボヨボのおじいちゃんになる前に楽しんでおきたいと思っております(笑)。

そういえば、かつて、ホリエモンがブログで、赤坂の高級割烹で、「ハギの肝」ばっかり食べてお腹一杯になって、3万円の食事をした、と、自慢していましたけど、若いのに、本当に、味覚が摩滅しているな、と私は、確信しました。
「ハギの肝」は、「アンコウの肝」と違って、単品では美味しくないと感じるのが正しい味覚です。「ハギの肝」は、「ハギの身」との対称性を楽しむ食べ物なのですから、飲食物の価値を全て貨幣価値で判断していると、このような悲惨な状況に陥るのでしょうね。

まあ、私は、お話しする話題が、非文学的な、楽天の三木谷よりはホリエモンの方が、人間的に面白いので取り上げているのです。
だって、ホリエモンは、かつて、ライブドア全盛期の頃、サインを求められたとき、『諸行無常』と書いていたそうですから、少なくとも「平家物語」は理解していましたので、面白い若者だと感じていました。が、その後の、彼の転落の人生を予兆するような言葉でしたね。
その後も、時々、日本の阿呆民放局が視聴率を上げるための番組に出て利用されていることも、全て、『諸行無常』なのです。つまり、人間は、1万年も生きることは出来ないのです。
平家物語の冒頭の、「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」 は、「祇園精舎(インドのお釈迦さまのお寺)の鐘の音は、『永久不変なものはない』といっているように聞こえる」 という意味です。
従って、ホリエモンは、「日本の阿呆民放局が視聴率を上げるための番組に出て欲しいと言ってくる呼びかけ」も、全て、「祇園精舎(インドのお釈迦さまのお寺)の鐘の音」なのでしょう。
ところで、一方の、三木谷のような狡猾な人間は、哺乳類ではなく爬虫類だと思っていますので、私の意識域から抹殺しておりますので、無視しているのですよ(笑)。
三木谷が何を食べたりしていても、爬虫類ですから、興味ないのです。同様、爬虫類の、竹中平蔵の飲食物にも、一切、興味がないのです。
三木谷と竹中の発する、一連の文章の最後の言葉の声の音程は、絶対音程では、狡猾なFに近いので、持って生まれた感性の近い生き物なのでしょうね。

高松市の東端の半島の「屋島」の東側の湾の『屋島壇ノ浦』は、源氏の那須与一が、平家の扇を矢で射た、戦場でした。
高松市沖の『男木島』の語源は、矢で射たれた平家の扇が流れ着いた島だったので、『扇島』と言われ、それがなまって、『男木島』(おぎじま)となったのです。
そしてここで負けた平家の落武者が、源氏に見つからないように、乗っていた船を浜辺の砂を掘って隠して逃げたので、屋島より少し東に行ったところにある浜辺が、『船かくし』(ふなかくし)との命名になり、私が小学生の頃、この遠浅の浜辺は、リゾート地「船かくし園」(ふなかくしえん)、として栄えていました。

・・・・・そんなこんなで、弘法大師、四国霊場八十八ヶ寺、弘法大師が始めた「まんのう池」などの溜池、弘法大師が伝え広めた讃岐うどん、だけでなく、桃太郎が鬼退治に行った鬼ヶ島(女木島〔めぎじま〕)、「二十四の瞳」の学校のある小豆島、映画「世界の中心で、愛をさけぶ」のロケ地の、香川県高松市庵治町、 映画「県庁の星」のロケ地に、高松市の香川県庁が選ばれたこと、イサムノグチが高松市庵治町と牟礼町でとれる花崗岩に魅せられて永住したこと、高松市出身の猪熊弦一郎氏が、三越の包み紙をデザインした方だということ、向田邦子女史が、私の出身校の、高松市立四番丁小学校の大先輩であること、菊池寛が高松市の、平賀源内が志度町の出身であること、昭和33年完成の香川県庁の建物が建築界の巨匠、丹下健三氏の初期の代表作であること、だけでなく、源平合戦の名所旧跡も、香川県には一杯あるのです。
こんな狭い土地で、これだけの文化人を輩出してしまった歴史があるのですから、一朝一夕には変わらないのです。
香川県外の皆様が、「日本で一番小さい県なのに、讃岐うどんだけで、目だった生意気な奴だ。」と思っていらっしゃるのは、従って、大変な誤解なのです。
実際、香川県警のロゴマークは、『那須与一君』なのです。もともと平和でのんびりした土地柄なので、21世紀になった今でも、那須与一の矢で、県民を犯罪から守って下さっているのですよ(爆)。

掲載写真は、順に、高松市「活魚・小松」の『ハマチの刺身』、香川県小豆島の「二十四の瞳映画村」、高松市菊池寛通の、『父帰る・ブロンズ像』、『香川県さぬき市の平賀源内生家』、『香川県丸亀市の猪熊弦一郎現代美術館』、『世界の中心で、愛を叫ぶ」ロケ地の、高松市王ノ下沖防波堤』、『向田邦子女史』、『丹下健三氏の代表作、香川県庁旧本館(昭和33年完成)』、です。
Posted by 岡田克彦 at
14:32
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2011年05月22日
『こんにゃくの白和え』・・・節分の砂おろし

「こんにゃくは体にえんぞ。こんにゃく食べたら、体中の砂が外に出るけんの。」
旅館を経営していた祖父は、いつもそう言って、ぼくにこんにゃくを、白和えにして食べさせました。
「ほんだら、おじいちゃん、こんにゃく食べよったら、砂が全部外に出るけん、盲腸にはならんのな。」
「そらそうじゃ。」
こうして、ぼくは、こんにゃくを好んで食べるようになりました。おでんも、真っ先にこんにゃくを取るようにしていました。
でも、祖父の没後、24歳の時、住友信託銀行松山支店在勤当時に、退職金の活動の過労から、ぼくは、盲腸になってしまいましたので、祖父の言っていたことは嘘だとわかりました。
しかもね、手術してもらって入院した、道後のぼくが外勤で担当していた取引先だった「桑折外科(こおりげか)」では、だいぶ良くなった頃、食事に、『こんにゃくの白和え』がついて出ましたので、今頃出るなんて、手遅れだよ、何て思ったりしました(笑)。
が、昔から、香川県では、一年の砂おろしといって こんにゃく料理を節分に食べる習慣がありましたので、祖父の言ったことはまんざら嘘でもなかったのです。
しかも、盲腸が手遅れで、1ヵ月近く入院したお陰で、最後の方は暇だったので、ピアノ組曲「病床にて」OP.55 という作品も作曲できましたし、この組曲の第2番の『点滴の詩(うた)』は、住友信託銀行会社概要に掲載されて、有名になってしまったので、入院もまんざら悪いことじゃないのです、ぼくの場合は(笑)。
まぁ、点滴をモチーフに音楽作品にした人は、あんまりいないだろうと思いますし、J.S.バッハ、モーツァルトやショパンの生きていた頃は、点滴はなかったと思いますので、モチーフにはならなかったと思いますけどね。
『こんにゃくの白和え』は、香川県の郷土料理の一つで、白味噌をベースにして、こんにゃくを、豆腐、人参、いんげん、ほうれん草、しいたけなど千切りにした野菜と一緒に和えたものです。
今は、どこのスーパーでもお惣菜コーナーに売っているので、日常的に定着していますね。
掲載写真は、「ゆめタウン高松」で買ってきた、『こんにゃくの白和え』です。
2011年05月21日
『鰆(さわら)の味噌漬け』

鰆(さわら)の押し寿司のところでご案内したように、鰆(さわら)は、瀬戸内では春の魚の代表です。
高松では鰆の味噌漬けが、郷土料理になっているほど、非常に大切な料理です。
香川県三豊市仁尾町仁尾浦が、京都加茂神社の「海の荘園」だった平安時代、獲れた魚をおいしく献上するために、いろいろな工夫がなされましたが、鰆の味噌漬けは、おいしさを保つための知恵と、独自の味付けから生まれました。
かつては、家ごとに自家製の味噌があったようですが、今では、スーパーでも魚屋さんでも買うことが出来ます。
贈答用としても、よく使われます。
掲載写真は、鰆の味噌漬けです。高松市内では、お寿司屋さん、割烹、居酒屋のほか、天麩羅専門店にも置いています。
『鰆(さわら)の味噌漬け』は、私の好物の一つで、少なくとも、『サーロインステーキ』よりは、はるかに、文化水準の高い食べ物(笑)だと確信しています。
大体、私は、肉料理においても、ナイフとフォークでいただく『サーロインステーキ』のような野蛮な食べ物よりも、お箸でいただく、しゃぶしゃぶや焼肉の方がはるかに好きですが、戦争でアメリカに負けた記憶が払拭できない、私の両親の世代の戦中派の皆様は、『サーロインステーキ』が大好きなようですね(笑)。
歴史的にも、私は、広い意味での、アジア人だ、と、痛感しています。
ところで、ここのところ、私のブログでは、東京電力と電力会社と癒着していた経済産業省のことについては書いていません。
全く、言語道断の、人命無視のひどい出来事ですけど、つきつめれば、人の命よりお金が大切な、拝金主義者のやったことですから、ひどい時代になったものだと思っています。
既得権、たんす預金、保身に執着する一生ほど、おろかな生き方はないのですけど、愚か者は死ぬ時に、自分の、既得権、たんす預金、保身への執着で、どれほど酷いことをしたのか、気づくのでしょうけど、白骨になる直前ですから、全て、手遅れなのです。本当に可哀相な物体ですね。
2011年05月20日
『おてんぷら』・・・『天麩羅』と『おてんぷら』の違い

讃岐うどんセルフサービス店のトッピングコーナーでご案内しましたけど、香川県では、『天麩羅』と『おてんぷら』は、別の食材です。
『天麩羅』は、ふつうの、小麦粉の衣をつけて揚げたものです。
が、香川県では、昔から、瀬戸内でとれた白身魚をすり身にして、揚げたもの、いわゆる、練り物の「さつま揚げ」に相当するものも、天麩羅、と呼んでいました。
ややこしいので、高松市内では、微妙に変えていて、ふつうの、小麦粉の衣をつけて揚げた『天麩羅』を、『天麩羅』と呼び、練り物の方は、『おてんぷら』と呼んでいます。
香川県のさぬきうどん店に行かれたら、どっちのてんぷらをトッピングするのかを、選ばないといけません。
県外の皆様は、ゲソ天、半熟ゆで卵天、高野豆腐天、竹の子天、アナゴ天、金時豆のかき揚げ天、等、所謂、『天麩羅』をかけうどんに載せることにご興味があると思いますけど、毎朝、うどんを食べることを考えたら、『天麩羅』をかけうどんに載せるものは、決して、ヘルシー指向ではないのです。揚げた油がイリコだしに溶けた状態では、油自体は、酸化してしまいますからね。
従って、私などは、かけうどんにトッピングするものは、朝うどんでは、『おてんぷら』のことが多いです。
その方が、うどんの麺の香り、イリコだしの香りは、本来の風味で楽しめますからね。
『おてんぷら』は、瀬戸内でとれた白身魚をすり身にして、揚げたもので、平天、細天、丸天という形をあらわしたものや、小エビ、たこ、いか、きくらげ、紅しょうがの入ったものがあります。
うどんに載せて食べても美味しいですけど、温かいご飯に添えて、大根おろしショウガと醤油をかけていただくと、とても美味しいのですよ。
掲載写真は、いろんな『おてんぷら』、です。
2011年05月19日
『てっぱい』

「克彦、わしの作った『鉄砲あえ』どうじゃ。」
「おじいちゃん。ものすごく美味しいで。ほんだけど、なんでこの食べ物『鉄砲あえ』いうんな。どこにも、鉄砲や入ってないのに。」
「どうして『鉄砲あえ』言うんかわしも知らんのじゃ。」
「そらいかんで。ちゃんと調べなんだら、お客さんに聞かれたらどなんするんな。」
「・・・・・」
「ボンは、また、おじいちゃんに屁理屈言うていじめよる。ごじゃごじゃ言わんと、しゃんしゃん食べまい。」
「竹井さんは知らんのな。」
「わしもよう知らんけど、たぶんの、鉄砲がヨーロッパからやって来た頃に出来た和え物で、みんなが『うまーげな和え物じゃ』言うて食べたけん、そうなったんとちゃうかいの。鉄砲はええもんやったけん、織田信長はあれで全国を統一したけんの。」
「ああ、そうやったんな。鉄砲くらい美味しいけん『鉄砲あえ』になったんな。」
・・・・・・・・・・
ぼくが小学校に入った頃、旅館を経営していた板前の祖父が作ってくれた「鉄砲あえ」を花板の竹井さんと一緒に食べて、ものすごく美味しかった時のことでした。
竹井さんは、おじいちゃんの弟子で、旅館の花板をしていました。が、この人の教えてくれたことは、大体、デタラメでした(笑)。
だって、竹井さんは、レタスのことをニューヨークと呼んでいましたので、どうしてなのか聞いたのですけど、外国から来たものは、全て、ニューヨークと呼んでいましたので・・・・・、ですから、ぼくは納得したわけではなく、あまりにも美味しかったので黙ったのでした(笑)。
・・・・・・・・・・
讃岐の郷土料理の代表の、『鉄砲あえ』『フナのてっぱい』をご紹介します。
この料理は、晩秋から冬にかけての讃岐を代表する郷土料理です。
『鉄砲あえ』と呼ばれていた理由は後日調べてわかりましたが、フナを使った料理だったためです。フナのことを鉄砲と呼んだことから『鉄砲あえ』という名がつき、それがなまって『てっぱい』となったのです。
『鉄砲あえ』は、もともと、フナやコイを三枚におろし、細く切って塩酢に漬け、数時間置いたものを白みそであえ、ダイコンやニンジンなどをまぜ合わせた和え物なのです。
農繁期が終わり、秋から冬にかけて溜池の水を抜いた後、「ふな」を捕って作ったもので、寒ぶなは臭みがなく脂がのっていて、大変おいしかったのです。溜池の多い香川県ならではの、たんぱく源を求めて出来た料理だといえます。
もちろん、その後、フナは入手困難になりましたので、代わりに「さば」や「このしろ」を使って作られています。祖父の作ってくれる『鉄砲あえ』には、「このしろ」が入っていました。
が、この「てっぱい」は、本当に美味しいです。ぼくは、毎年、冬が近づいてくると、香川県内のスーパーは、どこでも置いていますので、買っていただくようにしています。
また、高松市内のさぬきうどん店、割烹、定食屋も、秋口から、「てっぱい」を置いているところが多いので、この時期に香川県にいらっしゃったら、是非、お試しください。
以前ご紹介した、高松市のさぬきうどん店・『あわじ屋』〔香川県高松市丸の内7-34 087-821-6948 (平日)9:30~18:00 (土・日・祝)9:30~16:00 日曜日休み〔月一回不定〕〕の「てっぱい」はとても美味しいです。
日本酒には、素晴らしく合うのですよ。
掲載写真は、高松市の割烹でいただいた、「コノシロのてっぱい」、です。
2011年05月18日
『ワケギ和え』・・・ぼくの大好きな、春の讃岐の伝統料理

讃岐の伝統料理の、春先の和え物は、『分葱(ワケギ)和え』です。名前通り葱の根元が一つの根からわかれている野菜です。
春祭りの食卓には欠かせないもので、お寿司や天ぷらと一緒に並んだものでした。
まて貝、あさり、タコ、油揚げなどと共に、ワケギを酢味噌和えにしたものです。
個人的に、ぼくは、この『ワケギ和え』は大好きな、讃岐の伝統料理で、今でも、春先には、スーパーに出ているので、買ってよくいただきます。
春がたんだな、という感覚に浸ることのできる大切な料理です。
掲載写真は、ぼくの大好きな、あさりの入った、『ワケギ和え』です。
2011年05月17日
『まんばのけんちゃん』・・・讃岐郷土料理の箸休め

『まんばのけんちゃん』と言う食べ物は、たぶん、高松でも若い人達は知らないかもしれませんね。
でも、ぼくが子供の頃は、しょっちゅう食卓に上る、さぬきの郷土料理の代表的な食べ物でした。
『まんばのけんちゃん』という呼び方は、東讃(香川県の東地区)の呼び方で、西讃(香川県の西地区)では、『ひゃっかの雪花(せっか)』と呼びます。
さて、『まんば』とは、『万葉』のことで、「タカナ」の一種です。有色野菜の少ない冬に暗紫色の葉を伸ばし、葉を外側から取っても次々芽をふくことから、『万葉』と呼ばれました。
そして、『けんちゃん』は、人の名前ではないのです(笑)。
『まんばのけんちゃん』は、『まんば』の油炒めに豆腐を入れて炒めたしっぽく料理だったので、「けんちん」がなまって『けんちゃん』となったのだそうです。
『まんばのけんちゃん』は、『まんば』を煮こぼした後、およそ一日水にさらして十分アクを抜いたものに、豆腐、油揚げ、薩摩揚げの天ぷら(練り物)、煮干し、いりこ等を入れて煮びたしにしたもので、醤油味です。
ぼくは好き嫌いのない方だったので、いつも美味しくいただいた記憶しかないのですが、この、『まんばのけんちゃん』ばかりは、各家庭ごとに味が違っていた記憶があり、当然ながら、母の作ってくれる『まんばのけんちゃん』が一番好きでしたね。
『まんば』は、ホウレンソウ並の栄養がある野菜で、特にビタミンCはホウレンソウの2倍もあります。
また、『まんば』は、下葉をちぎりながら秋から春先まで収穫できる野菜でしたので、昔の讃岐人の貴重な生鮮野菜でした。
従って、春へんろの時期には、讃岐うどんにまんばをのせてお接待としてふるまっていたという歴史があります。
掲載写真は、 『まんばのけんちゃん』、です。
2011年05月16日
『ちしゃもみ』・・・・・讃岐の春のサラダ

鰆の箱寿司と一緒にいただく、讃岐の春の郷土料理を今日もいただきました。それは、『ちしゃもみ』です。
ちしゃ(チサ)は、今では貴重な伝統野菜のひとつになってしまいましたが、昔はどの農家の畑にも植えられていたサニーレタスに似た野菜です。
春のお祝い事のもてなしの一品に欠かせないお料理が『ちしゃもみ』でした。あくが強いので、あく出しのため一度もんで調理することから『ちしゃもみ』と呼ばれました。
いりこを小さく割いたものやさわらの酢漬、いかなごを入れたりし、素朴な味のサラダでしたね。
父方の祖母の一族が陵南町で大きな農家をしていましたので、遊びに行った時には、いつもいただきました。
最近は、珍しい野菜になってしまったため、たまに、懐石料理なんかでついていたら、本当に嬉しくて、いただきます。
掲載写真は、今日、スーパー「マルナカ」で買ってきていただいた、『ちしゃもみ』です。全くサニーレタスのサラダのように見えますけど、ドレッシングではなく、酢みそといりごまで合えているのです。
叔母がレタスで代用して作ってくれたことがありましたけど、やっぱり味が全然違うのですね。
2011年05月15日
春は、鰆(さわら)の箱寿司

瀬戸内海に春 鰆が産卵のため、やってきます。
従って、高松では、鰆は、春の魚です。
この時期 白身で淡白なやわらかい身を刺身に切り、うす塩をして酢漬けにした鰆を木の押しぬき型に(そら豆、えび、ふきなども)並べ酢飯をつめて、ぎゅーっと押して型から抜くと、見た目もおいしい鰆の押し寿司ができます。
昔はどの家庭にも、押しぬき型(花、扇、四角など)を持っていて人が集まると、押し寿司を作ってもてなしたもので、春から初夏が旬です。
箱の形をしているので、『箱寿司』と呼ばれます。
今は、どの、さぬきうどん店にも置いています(売り切れのこともありますし、さすがに製麺所にはないですけど)ので、行かれた時には、召し上がられたら良いと思います。
今日、私は、掲載写真の、「鰆(さわら)の箱寿司」を作っていただきました。
2011年05月14日
東京電力のリストラの不徹底について
「東京電力のリストラの不徹底について」ニュースの報道を見て呆れましたので、ちょっと書くことにしました。
リストラという言葉は、リストラクチャード(再構築)のことで、従業員をクビにするという意味ではないのです。
リストラが従業員をクビにするという意味で使われるようになったのは、日本にアメリカから、リストラクチャード(再構築)が入ってきたときに、一番最初にそれを導入したのが、三和銀行だったからなのです。
ご高承のように、金融機関は、メーカーのようにー工場などの設備は持っていませんので、唯一の資産は、従業員という人間なので、従業員をクビにしたのです。
アメリカのように全てがお金で決まる民度の低い多民族国家では、日本のように、終身雇用・年功序列がなかったので、解雇しても大丈夫なように、中途採用のマーケットが確立されていたので、OKだったのです。
さて、この度の東北地方の大震災の人災の部分、つまり、原発事故の責任の全ては、一民間企業の「東京電力」にあります。
従って、今回の賠償金の全ては、東京電力が、社長以下、役員も全員、身ぐるみをはいで裸一貫になっても支払わなくてはならないものなのです。責任者とはそういうものです。そして、その覚悟のある人のみが真のリーダーなのです。
東京電力の現社長以下、全役員は、これまでの人生において、ライバルを蹴落としたりして、「東京電力」などという、金儲けを旨とした、一民間企業などという、狭い狭い社会の中で、出世してきたのでしょうけど、そのような、これまでの人生全てをリセットして、責任を負わなくてはならないのです。
なぜなら、あなた達は、東京電力の社長や役員である以前に、血の通った人間なのですから、万物の霊長としての自覚があれば、この世で生きるにあたっては、絶対に、人間としての最低限のモラルを持っていないといけない義務があるからなのです。
メインバンクが怒っているのは当然です。なぜなら、そのような覚悟が、東京電力の現社長以下、全役員にそのような覚悟がないからなのです。
私は、既に、役員報酬は全額今回の賠償金に回したと思っていたのですが、半額という、中途半端なものでした。そんなにお金に困っていらっしゃるのですか。お気の毒な限りです(爆)。
東北地方で被災して、原発事故で発生した放射線のために、救助に行けなかったため、餓死した人もいたはずなのに、なんと、悠長なこと、そして、なんと馬鹿げたお金への執着でしょう。
彼ら、東京電力の社長以下役員は、リーダーなのでしょうか、というよりも、それ以前に、彼らは、熱い血の流れる哺乳類の人間なのでしょうか。
東京電力の社長以下役員は、全員、人間失格です。
もう、あきれ果てましたので、太宰治が「人間失格」で書いている言葉を若干アレンジして、私からプレゼントして差し上げましょう。
「東京電力の社長以下役員の皆様は、恥の多い人生を送っていますね。この後も、恥を重ねて生き続けるおつもりですか(笑)。あっぱれ世間の見世物です(爆)。」
2011年05月14日
馬と鹿に関する若干の考察

先日、浜岡原発を止めたこと、今後の原発問題について、阿呆なコメンテータが次のように言っていたので、私は頭にきました。
「原発を止めて国民の命を守ると言うこと。今回の東北地方の大地震で身内を亡くした多くの皆様の悲しみは、情、としてはわかります。しかし、原発問題は景気や雇用に大きく影響するので、情に流されてはいけません。」
この、阿呆な民放に出ていたコメンテータの発言に、私は頭にきました。
>今回の東北地方の大地震で身内を亡くした多くの皆様の悲しみは、情、としてはわかります。
この男の言う「情」とは何か、いろいろ考えたのですが、私はほぼ間違いなく、「大地震が東京の直下型でなくてよかった、自分と家族が死ななくて良かった。」という、身勝手な利己主義的な聞くに耐えない意見だと確信しました。
つまり、この阿呆コメンテータは、人の命 < < < < < < < < < < < < < < < お金 と確信していることは間違いのないことなのです。
ということは、人の命を奪ってもお金さえあればよい、という、強盗殺人事件の犯人と、さして変わらない、精神構造なのです。
こういう人間を総称して、バカ、と言いますが、バカは、馬鹿、と書きます。すなわち、馬や鹿と同程度の頭脳水準であるということなのです。
「バカは死ななきゃ直らない!」、と言いますが、この機会に、思い上がってといる、首都圏在住の、馬鹿どもに、私は断言します。
「バカは死ななきゃ直らない!」、故に、「首都圏在住の、馬鹿は、首都圏直下型のマグニチュード9の地震に被災しないと、お金の持つ力の限界を思い知ってから、死ななきゃ直らない!」と。
「情に流されてはいけません。」
そりゃそうでしょう。馬や鹿に情はないのですから。
従って、首都圏在住の、情の皆無の、バカ(馬鹿)が流されるのは、大津波だけでしょう。
首都圏在住の、情が皆無の、バカ(馬鹿)に、こり世での不幸が訪れることを、願ってやみませんので、近日中、私は、それを祈念しに、善通寺へ弘法大師をお参りに行き、その帰りに、縁切りの神様の琴平宮(こんぴらさん)へ、首都圏在住の、情が皆無の、バカ(馬鹿)との縁切りを祈ってから、高松市屋島のてっぺんにある、源氏が平家を殺した刀の血を洗った、「血の池」に行って、「血の池」を見ながら、ウォークCDで、フォーレのレクイエムの「インパラディスム(天国にて)」を聴くことにしています。
情のない、お金第一主義の、馬や鹿は、死んで天国に行けばよいのです。何故なら、バカは死ななきゃ直らない、のですから(爆)!
歴史のたっぷりある、私の住む四国高松を敵に回したら、ちょっとやっかいなのですよ(笑)。
掲載写真は、高松市屋島の「血の池」、です。
2011年05月12日
よくわからない季節ですね。
例年になく、春なのか、梅雨なのか、初夏なのか、よくわからない気候の、今日この頃ですね。
私の自宅前の、高松市の県道33号線ぞいの、ばべ〔高松の方言で、『うばめがし』のことを、高松では『ばべ』と呼びます。〕の低木の並木、その中にところどころ咲いているツツジの花、パンジーの花、春ボタンの花、チューリップの花、などが、同時に楽しめます。下記写真のとおりです。





さらに、栗林公園では、既に、ショウブの花が咲きそうなのだそうで、このような事態は、高松では初めてです。
さて、高松の水瓶の高知の早明浦ダムの貯水率は、平年を下回っていて、いつ取水制限が始まるのか、ひやひやしていたのですが、雨がたくさん降ったために、貯水率が65.0%に回復しましたので、取水制限は回避されました。が、平年の貯水率は89.7%ですから、まだまだですが、さらに雨が降るそうなので、どうなるか、全く不明ですけど・・・・・。
こういう、季節の明確でない時期にいただくと美味しいうどんは、冷たい系統のうどんに限りますね。
すなわち、下記写真のように、「丸山製麺所」の、『冷たいかけうどん』、「こだわり麺や・高松支店」の、『冷やしうどん』、「さか枝」の、『冷たいかけうどん』、です。全て私の自宅から歩いてゆける程度の近所にありますが、微妙に、麺の喉越しが違うので、その日の気分で、食べに行く店を変えています。



私の自宅前の、高松市の県道33号線ぞいの、ばべ〔高松の方言で、『うばめがし』のことを、高松では『ばべ』と呼びます。〕の低木の並木、その中にところどころ咲いているツツジの花、パンジーの花、春ボタンの花、チューリップの花、などが、同時に楽しめます。下記写真のとおりです。





さらに、栗林公園では、既に、ショウブの花が咲きそうなのだそうで、このような事態は、高松では初めてです。
さて、高松の水瓶の高知の早明浦ダムの貯水率は、平年を下回っていて、いつ取水制限が始まるのか、ひやひやしていたのですが、雨がたくさん降ったために、貯水率が65.0%に回復しましたので、取水制限は回避されました。が、平年の貯水率は89.7%ですから、まだまだですが、さらに雨が降るそうなので、どうなるか、全く不明ですけど・・・・・。
こういう、季節の明確でない時期にいただくと美味しいうどんは、冷たい系統のうどんに限りますね。
すなわち、下記写真のように、「丸山製麺所」の、『冷たいかけうどん』、「こだわり麺や・高松支店」の、『冷やしうどん』、「さか枝」の、『冷たいかけうどん』、です。全て私の自宅から歩いてゆける程度の近所にありますが、微妙に、麺の喉越しが違うので、その日の気分で、食べに行く店を変えています。



2011年05月10日
梅雨時も、うどんがいいですね。
梅雨に入ったようですね。
まあ、異常気象の昨今ですから、今年は台風も出来ていないようですけど、昼間は、高松などは5月とは思えない異常な暑さで、だんだん地球環境がおかしくなっているようです。
天気もメチャクチャで、朝方はれていると思って自転車で出かけたのに、突然雷雨でザーッと降ったかと思うと、サーッと晴れ渡ったり、真夏の夕立が日中続いているような感じでした。
まあ、でも、梅雨入りしたようで、湿度は上がり、ちょっとむしむし、していました。
こういうときは、冷たいかけうどんに限ると思った私は、行きつけの讃岐うどん店「やま家」に入って頼んだら、冷たいだしが切れた、とのことでした。この連休中も、たくさんの県外客が来ていたので来店を遠慮していたのですが、しっかり覚えてくださっていて、マスターが「冷たい系統のうどんだったら、今、茹でたてだから、『冷たい生醤油うどん』が美味しいですよ。」と言って下さったので、メニューにはない、『冷たい生醤油うどん』をいただきましたら、素晴らしく美味しかったのです。しかも、150円なのですよ。感動しました。

その後、買い物をいろいろとしないといけなかったので、雨が降っていたので、アーケードが綺麗になった、高松中央商店街の丸亀町に行って、南新町商店街のアーケード下に新しく出来た『農民一揆』という、農家の跡取りの若者が始めた、愉快な名前のお店をのぞいたら、『水菜』が、一把10円という信じられない値段で売っていたので、『今朝ったばかりの水菜なので、そのまま、生でサラダで食べたら美味しいです。』と言って下さったので、『アハハハ・・・。牛肉と違って水菜の生はぼく大好きなんだ。』と言って、ニューヨーク在住の私の作曲作品のファンがいっぱい贈って下さっている、いろんな種類の山のようなソーセージを茹でていただくときに一緒に食べようと思って、5把分けてもらいました。
ある程度、栄養学を勉強した方ならば、水菜が素晴らしく栄養の豊富な野菜で、ビタミンA、ビタミンC、ビタミンE、カルシウム、鉄分、がたくさん採れ、中性脂肪をなくす働きがあることをご存知でしょう。
そして、紀伊国屋書店で買いたいものがあったので買ってから、兵庫町商店街に入ったのですが、とても蒸し暑かったので、「そうだ、『キムチぶっかけうどん』を食べよう。」と思い立った私は、『キムチぶっかけうどん』が素晴らしく美味しい、「うどん市場・兵庫町本店」へ、それを食べに行きました。そして、キムチの辛さに、素晴らしく、スカッとするうどんでしたが、キムチと一緒に、山のように、菜の花のおひたしが載って、290円でしたので、またまた、感動しました。

やっぱり、讃岐うどんは、美味しいですね。ありとあらゆる種類の讃岐うどんが好きなだけ、安くいただける高松に住んでいて、私は、とても幸せです。
帰宅後、久しぶりに、フォーレの室内楽譜のスコアを引っ張り出して、いろいろ楽しく読んでいたのですが、私のホームページの入口BGMに、フォーレの『ピアノクインテットの1番』、を添付していたことを思い出したので、これは、もう、そろそろ、大地震に被災した東北地方も、ゆっくりでも前向きに歩まないといけないな、と感じたので、フォーレの『ピアノクインテットの2番』に変更しようと思いました。
フォーレの『ピアノクインテットの2番』ならば、私は、たんたんと孤独に歩んでゆく感じの第一楽章か、どこに連れてゆかれるのかわからないほど複雑な転調を繰り返す、緩徐楽章の第三楽章だろうと思いました。そこで、私が一杯コレクトしている、この作品のCDを引っ張り出していろいろと鑑賞しました。ユボー、コラール、など、10数種類の演奏を聴いたのですが、3年ほど前、パリ音楽院在学中の親友が送ってくれたものがいちばんいいな、と感じましたので、それを添付しました。
でも、このCD、簡単な袋に入れて数枚エアメールで送ってくれた中の一つなので、演奏者がわからないので、ご存知の方が、日本国内にいるかどうか全く不明なのですが、その旨を掲載して、BGMとして添付しました。
これだけの素晴らしい演奏をするアーティストに、拝金主義者は皆無だろうということ、また、この作品について、作曲家の私以上に熟知しているような人材は、JASRACのような二流企業には皆無だろう、という確信がありますので、著作権がどうのこうのと言いたい、下劣な商売人がいれば、高松の作曲家の私の自宅に文句を言いに来ればよいのです(笑)。
ちなみに、私は、日本国内の原発は全て止めたらいいと思います。景気に与える悪影響を本気で心配しているような人は、全員、金儲けにしか興味がないのですから、アメリカに移住すればよいのです。
コスト意識の強いだけの人が集まると、焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」、のような、客が食中毒で死んでもコストを下げて金儲けしたい人間の集まる民間企業が出来るのです。このような、人の命よりもお金儲けの方が大切な民間企業は、全て、日本から追放した方がよいのですからね(笑)。
掲載写真は、上から順に、「やま家」の『生醤油うどん』、「うどん市場・兵庫町本店」の『菜の花のたっぷり載った、キムチぶっかけうどん』、です。
そして、この下は、高松市南新町商店街「農民一揆」が買ってきた野菜で私が作った、『レタス、大根、人参、と水菜のサラダ』、です。

今から、ボイルソーセージに、この写真のサラダを和えて、ポン酢ジュレをかけたもの、新玉葱と牛肉のポトフ、山形県のはえぬきのご飯、モロキュウ、先日作った山椒風味の塩昆布の夕食を、食べるところです。
今日の夕食のワインは、ドイツ・ピースポーター・シュペートレーゼ、BGMは、モーツァルトの『アヴェ・ヴェルム・コルプス』に決めています。
母が存命中に作ってあげた懐石料理に比べれば、随分、手抜きの自炊ですけど、楽しいお食事が一番ですよね。
2011年05月07日
「さか枝」で朝うどん

今日は、「さか枝」で朝うどんをいただきました。
ここのところ、福島県などから取り寄せた野菜やお米をいただいているので、久しぶりの、朝うどんでした。
やっぱり美味しくて安いですね。
掲載写真のとおり、かけうどん(2玉)〔190円〕と、アナゴ一本の天麩羅〔80円〕、で、しめて、270円なのですからね。
久しぶりに、讃岐うどん店の朝うどんの安さと美味しさに、改めて、感動してしまいました。
朝から、ほぼ満席の「さか枝」で、うどんをいただきながら、テレビを見たり、新聞を読んでいましたが、周囲のおじさんたちは、原子力発電所の今後について、話し合っていました。
というのも、管総理が、静岡県御前崎市の中部電力の浜岡原子力発電所について、すべての原子炉を停止するよう要請したためなのです。
が、考えてみると、日本は活断層だらけなのですから、日本中の原発は停止した方がよいのでしょうね。
電力会社の株主の儲けと住民の命のどちらが大切かを考えれば、正解は決まっているのですけど、どうも、お金の方が好きな皆様が多いので困りますね(笑)。
電力会社の株などは下がりませんから、資産家や機関投資家の貯金の一部にすぎないのですから、東北地方の被災者への義援金だと思えばよいのですけど、人間の欲得には困ったものですね。「焼肉酒家えびす」の、ユッケ食中毒で、日本政府の生肉への対応が徹底されていないことがわかったのならば、生肉を食べなければよいだけなのですから、大した問題でもないのです。
日本は、人間の欲得だけで全てが動くような、民度の低いアメリカじゃないのですから、電力会社の株の配当金の方が、原発事故で危険にさらされるかもしれない人の命より大切な人は、全員、アメリカに移住した方が良いのです。
まあ、アメリカは、テロに対抗してウサマ・ヴィン・ラディンを殺害しました。このこと自体は、アルカイダが、あんなひどいテロ事件を引き起こして大量殺戮を行ったのですから、因果応報なのですけど、仕返しができたと言うことで、大喜びしているアメリカ人の報道などを見ていると、ちょっと日本人との民度のレヴェルの差を私は感じますね。
だって、あのテロで、落命した人の命は、どんなことをしても、絶対に戻ってこないのです。敵をとったくらいのことで、あんなに心の底から大喜びするとは、なんと下等な民族だろうと、私は感じております。
Posted by 岡田克彦 at
12:14
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2011年05月05日
めでたいことです。
昨日、先般、香川県さぬき市で、城という名前の20歳代後半の女が、不倫相手の若い男と一緒にご主人に睡眠薬を飲ませ、大串半島に車で連れ出し、バットで何回も殴って撲殺し、告別式で夫は自殺しました、と演技で泣き崩れた後、現場に行って証拠隠滅のために車に灯油をかけて燃やす、などと言う、弘法大師の生誕地の香川県に相応しくない、残酷な殺人事件が起こりましたが、この女が収監されていた高松刑務所にて首吊り自殺をしたそうです。
遺された子供二人がかわいそうですが、弘法大師のたたりでしょうから、仕方ないことですね。
裁判員裁判になる予定ですが、共犯の不倫相手の20歳代前半の若い男の派遣社員は、十中八九死刑でしょう。
「天網恢々疏にして漏らさず」
何はともあれ、香川県に相応しくない物体がこの世から消滅したことは、大変、めでたいことです。とてもよかったですね。
2011年05月04日
「焼肉酒家えびす」のネット上での誹謗中傷について

焼き肉チェーン「焼肉酒家えびす」のネット上での誹謗中傷について、非常に、民度の低いものが多いようなので、今回は、それについて私の意見を書きます。
ご高承のように、焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」でユッケなどを食べた富山、福井両県の男児2人が死亡した集団食中毒が問題になっています。
そして、富山県警の捜査本部が動いた5月3日に、同チェーンを経営する「フーズ・フォーラス」(本社・金沢市)の勘坂康弘社長がインタビューに応えたのですが、その態度、姿勢、物腰、が、極めて傲慢であることに対して、誹謗中傷の嵐がネット上で渦巻いていますね。
まあ、もとからして、このような男に謙虚さなどは微塵もないのですから、普通以上の謙虚な、態度、姿勢、物腰、を求めること自体が無理なことなので、私は、どーでもいいな、と思ってテレビを見ていました。
ところが、勘坂康弘氏の、「牛肉については…、国内と屠場からの生食用としての実績は有りませんっ!!…真摯にぃ!お詫び申し上げまぁっす!!大変失礼致しましたっっ!!!!」
という発言の最後の音程が、高域のCの音でしたので、この男は、白雉だと、私は、絶対音感のある作曲家として確信しましたので、どうなろうと、私の興味外の物体になり、聴覚的な印象が不愉快でしたので、私は直ちにテレビを止めました(笑)。ちなみに、ホリエモンの声もCなので、白雉な響きなのですけど、低域のCなので、勘坂康弘氏よりは、頭脳水準は上だな、と私は直感しました。
私は、ホームページの冒頭に、自分の本名と住所地を明記していますけど、電話番号は書いていません。不愉快な音程で電話をかけられると、私の耳が汚れるからなのですよ(笑)。
今回の焼き肉チェーン店「焼肉酒家えびす」の食中毒に関する、勘坂康弘社長の記者会見について、発言の内容が、逆ギレだという発言や、人殺し焼き肉店、などという反応が、ネット上では多いようですので、まだまだ、日本の音楽文化水準は低いなあ、と、私は感じました。
もうちょっと、音感的、音響的な感想はないのでしょうかね(笑)。外観のヴィジュアルなもので、勘坂康弘社長の頭の形が骨相学的に軽薄でよくない、という程度のことは、目が二つある人間ならば誰でもわかることですけど、音楽家の私は、視覚的な印象よりも聴覚的な印象が不愉快でしたので、直ちにテレビを止めました。
このような、成り上がり者の若造に比べると、アメリカのオバマ大統領の、「先日、ウサマ・ヴィン・ラディンを殺害しました。」という発言は、その内容よりも、音程が低域の高めのB♭の暖かい音程でよかったので、オバマ大統領は、素晴らしい男だと私は思いました。同様、この前の、香川県宇多津町町議会議員選挙で惜しくも僅差で落選した、米澤寿展(としのぶ)氏の声の音程は、低域のB♭でしたので、とても良い方だと、私は確信しています。
声の音程、それも一つの文章が終わった瞬間の最後の声の音程で相手の感受性や性格は、これまでの私の54年間の人生で、100%間違いなく判断出来ますから、米澤寿展(としのぶ)氏とオバマ大統領の心の広さと暖かさは、極めて近いものだと私は確信しています。
掲載写真は、先月いただいた、4月限定の、練りこみうどんで有名な、高松市の「元祖わかめうどん大島家」の、『桜練りこみうどん』、です。ざるうどんでいただくと、桜の香りが口いっぱいに広がる優れものでした。
2011年05月03日
高松市丸亀町商店街再開発アーケードの完成

全国的にも有名になった、高松市中央商店街再開発の中心の、三越高松店前の丸亀町商店街再開発について、ステンドグラス風のドーム天井に続き、全天ガラス張りの、五階建ての素晴らしく明るいアーケードが、完成しました。
紀伊国屋書店、世界中のブランド、讃岐うどん店、骨付き鶏店、白い鯛焼き屋、八百屋、百円ショップ、銀行、など、生活に必要な全てのお店がそろい、三越高松店から伸びる丸亀町商店街A]街区の両側高層階は全てマンションになりましたので、団塊の世代以上の高齢者を中心に、歩いて全てがそろう、町の中心に移住する人が増え、人口は2割ほど増えたそうです。
また、団塊の世代以上の高齢者のために、病院やクリニックもマンションの中にオープンしましたので、歩いて5分ほどで瀬戸内海のそばのJR高松駅や、料理の三鉄人のお店の入った、30階建てのサンポートタワー、全日空ホテル、桜の名所の高松城跡の玉藻公園、農協、漁協も近いので、とても住みやすい中央商店街になりました。
あとは、G街区に、東京の森ビルがやってくれば、丸亀町商店街再開発は、完成します。
私は昨日、家からも近いので、ブラブラして来ましたが、それにしても、全天ガラス張りのアーケードは素晴らしいですね。春の暖かい太陽の光がサンサンと降り注ぐので、とても気持ちが晴れやかになります。お店の周囲には、満開のツツジなどのお花が一杯なので、道行く人はみんな、春を満喫していました。
春夏秋冬があってこその日本なのです。どんなに文明が発達しても、自然と共生しないといけないのです。こういう風景を見るにつけ、福島県の原発事故は、文明が万能だと思い上がっていた人間に対する自然の警鐘だと私は感じます。
掲載写真は、順に、高松市丸亀町商店街の、完成した、5階建ての全天ガラス張りアーケード、町のあちこちに咲き誇る春のお花から、ツツジ、マーガレット、パンジー、です。
いい季節になりましたね。


