2014年04月07日
コラボグループ名「Shut up(シャラップ)」への変更と、讃岐弁について


「ですから、私達の活動は、表立たないように続けているのです。香川県では、目だったことをすると、必ず潰される傾向が強いので、新しいことを始めるのは大変な土地柄なのです。」
私が母の介護のため、住友信託銀行から日本マンパワー四国総代理店人材開発部長に転職してUターンして営業をスタートした、1994年のことでした。
香川短大教授のY女史は、研究室教材への、日本マンパワーの通信教育導入を決めて購入くださったあと、御礼を申し上げた、日本マンパワー四国総代理店人材開発部長の私におっしゃったのでした。
彼女がおっしゃった活動は、働く女性の地位向上の会、のことでした。
四国総代理店立ち上げのバックアップをして下さっていた、大阪の本町にあった、日本マンパワー関西支局からいらしていた、担当のT氏は、私の隣に座っていましたが、びっくりされていました。
ですから、私は、後で、Tさんに、四国の文化風土が、たった四つしか県がないのに、全部バラバラであることをご説明しました。
こうした風土が確立されたのは、ほぼ、間違いなく、江戸時代にあります。
つまり、江戸時代の長きに渡り、優遇されていた譜代大名の治めていた土地と、迫害されていた外様大名の治めていた土地が混在しているためなのです。
香川県は、日本一面積の狭い県なのですが、東(東讃)は、松平藩〔初代藩主は水戸黄門のお兄様〕で、西(西讃)は、外様大名の京極藩、でしたので、全然文化風土が違うのです。
同様、愛媛県松山市を中心にした中予と、南予の宇和島市は、松平藩でしたから、この二つは、高松市に近いのですが、徳島県と高知県は、外様大名でしたから、西讃と近いのです。
外様大名だった土地は、新しい文化の導入に対して積極的ですが、譜代大名だった土地は、新しい文化の導入に対して消極的なのです。
その証拠に、四国で一番最初に自分のホームページを設営したのは、JA高知県連で、ウィンドウズ95開始時期でしたし、従業員マナー研修を一番最初に導入した市町村は、高知市役所、二番目が徳島市役所、三番目が丸亀市役所、四番目が善通寺市役所、でした。
高松市役所のマナー研修導入は、28番目で、しかも、反対する勢力がいて、市民のサービス向上にお金を使うのはもったいない、そんな余分なお金があったら、従業員の退職金積立金に入れたらいい、という、公務員にあるまじき主張の勢力がいたので、高松市出身の私はあまりに情ないので、知人の高松市議会議員を使って、無理やり導入させました。
これは、正しくない営業手法でしたが、日本マンパワー四国総代理店の本社所在地は高松市でしたから、示しがつかなかったためなのです。
電通情報では、イベント集客力が四国最高なのは高知市で、最低なのは高松市なのです。
私のピアノの恩師の故.石井ルリ子先生は、高松国際ピアノコンクール開始の顧問をしていましたが、この予選から本選までの来客者の8割は、香川県西地区(西讃)なので、頭を抱えていましたので私はなぐさめました。
「ほんまにのう。高松の住民はいかんのう。なんしょんかいのう。」
「先生。高松の人は演奏会にお金使うんなら、おうどんの方がええんやろうのう。コンクールやっりょった時も、家でおうどん食べよったんやろうけん、しょうがないで。」
「どなんしようか。」
「そらあ簡単でっせ。コンクールや演奏会の休憩時間に、シャンパンでなしに、ぶっかけうどん出したら、人が集まるで。」
「何ですと、岡田君。イリコダシはいかんいかん。そんなもん休憩時間に出したら、海外、東京や大阪から聴きに来た人に対してふうが悪い。」
「ほんだけど、先生、このメインスポンサーは、高松に本店のある、香川県の地銀の百十四銀行でしょうが。融資先は、うどん店に決まっとりますけん大丈夫でっせ。ぶっかけうどんに文句言う、海外、東京や大阪から聴きに来た人は、会場から追い出したらえんですわ。」
・・・・・まあ、クラシック演奏会の休憩時間にぶっかけうどんを出すことは、こうして、採用されませんでしたが、高松市の音楽文化水準はこんな感じなのです。高いのか低いのか、いいのか悪いのか、は、誰にも決める権利はありませんが、こんな感じなのです。
さて、山本君と私のコラボグループ名について、単純にそれぞれのニックネームをつないで、「ヒコ & ヒロ」にしていましたが、昨日、うちへ練習に来た山本君からの提案で、破滅的な名前にしたい、とのことで、いろいろ言葉を並べ立てている中で、「Shut up(シャラップ)」にすることになりました。
香川県高松市は、前述のように、新しいこと、目だったことをすると、後ろ指をさされたり、陰口をたたかれることが日常です。
だから、グループ名を、「Shut up(シャラップ)」〔黙りなさい、と意味の和製英語〕にしたのです。リクエストがわんさか入るのですが、ともかく、「黙ってぼくたちのコラボを最後まで聴いて下さい」、という意味なのです。
こうした讃岐弁の引き起こす状況は、方言に、一番よく現れていますね。目新しいイベントやコンサートに対して、高松人が最初に口にする言葉は、「えらっそげにしよる。」とか、「うまーげにしよる。」なのです。
この言い回しの最大のポイントは、「・・・・・げに」です。断定していないので、本音の意見が絶対にわからないのです。
かつて、JA高知県中央会長のN氏は、高松で勤務していたことがあったそうで、「・・・・・げに」を嫌っていて、私が日本マンパワーの仕事で行った時に誘われた飲み会の席で、「高松に帰ったら、『・・・・・げに』を、高松の方言から一掃しなさい。」、と言われましたが、そんなこと出来るわけないので、大笑いになったものです。
東京からUターンした直後の私は、営業トークは共通語でしたから、お話が早く進みました。
逆に、高松信用金庫、が、通信教育と、CS(顧客満足)マインドアップの一年間継続的指導を導入してくださった際には、人事部次長から、方言でしゃべるよう、要請されました。
「ほんだけど、あんた、うまーげに説明するけん、ついつい引き込まれてしもうだでえ。」
「有難うございます。そんなにお褒め下さり、恐縮です。」
「あんた、生まれはどこなあ。東京なあ。」
「いいえ、私は、高松市番町で生れ育ちました。」
「何とな。わしも番町や。わしは、三丁目やけど、あんた、何丁目なあ。」
「私は、番町四丁目でございます。」
「ほんだら、小学校は、四番丁な。」
「はい。四番丁小学校でございます。」
「ほんだら、わしと一緒じゃ。」(ここで、私はすかさず、言いました。)
「先輩。どうか、私の提案について、ご検討ください。」
「よっしゃ。ほんだけど、その、共通語やめまい。同じ番町の出やのに、他人行儀なんはいかんいかん。」
「さようでございますか。・・・・・んーーー。世が世ならば、番町三丁目は、番町四丁目よりも上級武士のお住まいですから、おっしゃるとおりにしないと、切捨てごめんですから、かしこまりました。」(ここで、私は、急に、讃岐弁に変えました。)
「ほんだら、次長、どなんするんな。「通信教育」と、CS(顧客満足)アップの提案、入れるんな入れんのな。しゃんと決めてーたー。」(爆)
「わかったでえ。ほんだら、ここの二箇所に印鑑ついたらええんやのう。」
「へえ。その二箇所ですわ。そこが捺印の場所ですけん。たのんます。」
・・・・・こうして、即決で、通信教育と、CSマインド向上の一年契約を締結出来ました。が、次長が社内調整しやすくするように、私は、とどめを刺しました。
「これは、四国の信用金庫では初めてですけん。先輩の決断された導入について、徳島信用金庫、高知信用金庫、だけでなしに、香川銀行、百十四銀行、徳島銀行、阿波銀行、高知銀行、四国銀行、にも、この次長様の英断をご案内しまっせ。私に任せてください。」
こういう経緯がありましたので、友達言葉の讃岐弁は、敬語は苦手だけど、相手の懐に直ちに飛び込める、という長所があることを、私は、痛感したものでした。
その代表格の、「こんにちは」という意味の「なんがでっきょんな」は、最高の友達言葉なのです。
少子高齢化の時代を乗り切るため、介護師、看護婦の採用は増えている昨今ですが、こんな時こそ、利用者の高齢者に対して、「いらっしゃいませ。」「いかがなさいましたか。」なんて、共通語よりも、「なんがでっきょんな。」と出迎えた方が、絶対に効果抜群だと、私は思っています。
掲載写真は、讃岐弁を書いたTシャツです。
“ごじゃはげがいなやつ”と、書かれていますが、讃岐弁で、“ものすごく良い奴”と、言う意味なので、これは流行らせた方がいいですね(笑)。

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Posted by 岡田克彦 at 05:48│Comments(1)
│コラボ演奏活動
この記事へのコメント
何時も楽しく拝見して勉強させて頂いてます。小生は大学出てアメリカ企業に就職した貴方より年上の団塊世代の男です!当時は日本にその会社が未だ存在せず、工場実習を1年してニュヨーク、ロスアンジェルスで7年セールスをして韓国工場の労務管理を2年して、日本法人設立に伴い日本に帰り新宿の所長や色々管理者業務を経て再度社内留学でコロンビア大学でマネジメントを学び、37歳の時に四国支店長で販売会社を設立をした経験があります。小生は愛媛県出身ですが高校迄だから四国のマーケティングは殆ど分かりませんでしたが、アメリカ本社の与えてくれたマーケティングは香川県の西讃を除き殆ど同じでしてやはり販売会社のパートナーは高知の名門会社でした。定年と同時期に離婚して東京にずっと住んでましたが縁があり2年前に丸亀市の女性と結婚して、丸亀城の城壁と土器川が気に入って昨年中古マンションを買って讃岐にすんで1年半です。
一流企業にお勤めに為りながら介護の為に高松にお帰りに為ったのを知り素晴らしい昭和の方だと思い親御さんがしっかり育てられたのだと思い、バブルの頃につまらない社員を沢山責任者として採用した自分に反省してます。子育てでも二人の子供果たして上手く育てたのか?全て妻任せでした。でも男女二人共に結婚して孫も4人居ますから何とか?運良く育ってくれました。因みに長男は貴方と同じ大学の法学部です。でも中学から付属ですから学力の方は疑問です。
長々と書きまして申し訳有りません。今後ともに勉強しながら拝見させて頂きます。
一流企業にお勤めに為りながら介護の為に高松にお帰りに為ったのを知り素晴らしい昭和の方だと思い親御さんがしっかり育てられたのだと思い、バブルの頃につまらない社員を沢山責任者として採用した自分に反省してます。子育てでも二人の子供果たして上手く育てたのか?全て妻任せでした。でも男女二人共に結婚して孫も4人居ますから何とか?運良く育ってくれました。因みに長男は貴方と同じ大学の法学部です。でも中学から付属ですから学力の方は疑問です。
長々と書きまして申し訳有りません。今後ともに勉強しながら拝見させて頂きます。
Posted by 新人讃岐びと at 2014年04月07日 11:31